見栄っ張り、気にしいな私の服を買わないための考え方

 

着倒すまで着るのがモットー



こんにちは、サオリです

もともと私は見栄っ張りで気にしいのせいか、毎月たくさんの服を買っては着ない服を量産してきました。

今は定番服をアップデートするくらいで済んでいますが、ここまでくるのに役立った考え方を書いてみたいと思います。

 

その服が新しい服かどうかなんて他人には分からない

 

自分では気分よく新しい服を着ていてもその服が新しいかどうかなんて人には分からないんですよね。

母が古い服はみっともない!という価値観の人で、わたしもそれに影響されていたので新しい服=良い!と思っていました。

でもそもそも古いかどうかなんて自分しか分からないことです。


街を歩いている人の着ている服がいつ買ったものかなんて分からないですよね。


昔、人目を気にしすぎていて「新しい服を着ていないとダサいと思われる」と思っていた時期があり、毎月のように服を買っていたのですが

私の着ていた服なんて毎月雑誌をチェックしているオシャレに敏感な人たちでない限り分からないものだったし


そもそも似合ってなかったのでそれこそダサい人と思われていたかもしれません。



それに服って何回着ても全然劣化しないんですよね。

部屋着で着ている綿のTシャツでさえガンガン乾燥機かけてるのに多少くたっとしたくらいで古くなった印象がありません。4枚着まわしていて2年目になるのに!

ポリエステルの服なんて尚更です。


トレンドど真ん中のアイテムでない限り古さなんて人には分からないと気が付くと、新しい服にこだわることはなくなります。

 

 

トレンド好きでもその感覚を共有できなかったら意味がない


トレンドの服が大好きでその服を着る事によって謎の優越感を感じているときがあったのですが、よくトレンドに興味のない妹から「何それダサい」と言われることがありました。

その時は「妹はトレンドが分かっていないから、目が肥えていないからダサく感じているんだ」と思っていたのですが

服に興味のない人の視点ってかなり重要です。


だって世の中には服やトレンドに興味のない人がたくさんいるから。



誰にでも「その服を着る目的」があります。


例えば私が「彼氏に可愛いと思ってもらいたい」と思っているとします。


でもいくらトレンドで自分がかわいいと思っている服を着たとしても彼氏に可愛いと思ってもらえなかったら意味がないんですよね。


むしろ彼氏が理解できないトレンドのせいで良くない印象になってしまう事だってあり得ます。

(赤ちゃんみたいなフリフリのビッグカラーブラウスやお腹が見えて目のやり場に困るクロップドトップスコーデとか)


大事なのは目的です。

その目的によっては服に興味のない人の視点も考慮するのが大切です。


昔の私は妹にとっていつも変な服を着ているダサい姉でしかありませんでした。


オシャレの概念を変えるとポンポン買わなくなる


昔はオシャレとは流行を取り入れたいろんなパターンのコーデが出来る人がオシャレと思っていましたが、

素敵な人はスタイルが固定化されていることに気が付いて、オシャレの概念が変わりました。

素敵な人を見ると「流行っているから」「なんとなく可愛かったから」で服を選んできたスタイルのない自分が恥ずかしくなってしまったんですよね。


昔テイラースウィフトが「未来の自分が今の自分のスタイルを見ても恥ずかしくないような服装をしたい」的なことを言っていてとても印象的だったのを覚えています。

その時の私は1年前の自分でさえ古臭く感じていたのでどんだけトレンド追いかけてたんだよって思います。


若いころはいろんな服を試してなんぼなところがあるのでしょうがなかったですが、私はもうアラサー。

トレンドはもう一通り経験したので毎年、毎日違うテイストの自分になるのはもうおしまい。


自分のスタイルを作ってとことんこだわるとそもそも自分に合った服を見つけるのが難しくなるので服もポンポン買えなくなります。

 

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着る服をころころ変えるデメリットというものがある


新しい服を着てオシャレするのがたのしかった頃、デメリットは感じていなかったのですが(お金がかかるくらい)25くらいでそういうオシャレのやり方のデメリットに気が付きました。

それはマネーリテラシーの低いヤツだって思われる可能性があること。


自分は着ている服がいつも違う、オシャレしている男性に対して「お金かかりそう」と思っていたのになぜか自分はそう思われている可能性があるって思わなかったんですよね…。


この年齢で高所得者なんて一握りなので相手は「あの人は高収入なんだろうな」という発想にはならないと思います。

結婚適齢期になったらむしろ同じ服を何回も着続けた方が印象の良い場合もあり、新しい服を買うのも抑えられるようになります。

 


ヘアメイクの専門学校に通っていた時、コスメが大好きで毎月山のようにコスメを買っていたのですが、買うたびに「また買ったの!?」と友達に言われていました。


きっと金遣いの荒いヤツと思われていたのかもしれません…。

 

ちょうどいいオシャレは人それぞれ違う


職場や街でオシャレな人を見ると途端に羨ましくなってしまう事ってありませんか。

わたしはしょっちゅうありました。

しかしそういった人たちみたいになろうとしても、買った服に満足することはないんです。


なぜなら自分軸で選んだ服ではないからです。


人はそれぞれ体質や住んでいる環境、生活スタイルが違うのでオシャレよりもまず快適性を優先しなければいけないことがあります。

誰もがファッショナブルな恰好で毎日快適に過ごすことはできないんですよね。


快適性とオシャレを両立することは出来ますが、難易度はかなり高いので私含めほとんどの人はどちらかに偏ってしまうと思います。

当たり前の事なのに私はこのことに長い間気が付くことが出来ませんでした。


例えば私の場合はトップスにポリエステルの服を着るのが苦手です。

足の幅が左右で違うのでハイヒールは履けません。

それなのにも関わらず無理してポリエステルのザラザラとした触り心地のレースブラウスを買ったり、

ハイヒールを痛い思いをしながら履いていました。


不快に感じるワードローブばかり持っていたのでいつまでたっても自分のクローゼットに満足することはありませんでした。


「ちょうどいいオシャレは人それぞれ違う」と意識するとオシャレな人を見ても自分を惨めに感じる事はなくなるし、

自分にとってちょうどいいオシャレを見つけられるようになります。


正直、着られる服の選択肢が広い人をみると羨ましく感じますが、ようやく「人は人」と考えられるようになったと思います。


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もう服をとっかえひっかえするのは終わり


こんにちは、サオリです


前にふと思ったこと。

それは「自分を幸せにする服装は必ずしもオシャレというわけではない」ということ。

 

オシャレになれれば幸せになれる?


私は長い事服について悩んできてオシャレになれれば幸せになると思っていたのですがそうじゃなかったんですよね。


昔イメコンを受けて前よりはるかにオシャレで洗練されて見えるようになったとき、嬉しかったけど満足はしませんでした。

なぜかずっとモヤモヤしていて「もっとオシャレになったら満足するに違いない」と服を買いまくる日々。

しかし買っても買っても不足感しか感じず、素敵な人と比べては自分に落胆し、あの人と自分は一体何が違うのか考える日々でした。

 

 

他人軸で選んだ服では永遠に満足できない


今なら分かるのですがそれは他人軸で服を選んでいたからです。


他人軸で選んだ服は自分で買ったものでもそれは他人の服。

それは自分の服ではありません。

自分の服じゃないんだからそりゃあ満足するわけがないですよね。

不足感を感じて当然です。


私はうつ病だったときにカウンセリングでそれまでどれほど自分が他人の考えに振り回されてきたか思い知らされました。

服についてもそう。

ファッション情報の「○○はダサい」「マストバイアイテム」などのワードに振り回され、

言う事を聞かなければ社会で生活していけないと思っていたと言っても大げさではないかもしれません。


自分軸で服を選ぼうと決心し、あらゆるファッション情報から一旦離れてみてから気づいたのは、それまで毎日履いていたスキニージーンズが好きじゃないってこと。

そんなことにも気づかなかったのは、それだけ服選びが自分軸からずれていたからです。


素敵な人って着る服にその人のこだわりや、その服を着る必然性など、パーソナルな部分を感じるから素敵なんだと思います。

わたしがそれまでしていたのは素敵な人のコスプレ。

そこに自分の精神が宿っていないから満足することなく服をとっかえひっかえしていたんですよね。


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素敵な人=オシャレとは限らない


結局自分の納得するスタイルは着心地を優先させた服ばかりで、昔自分が「こうなったら満足するはず」と思い描いていたものとは遠く離れていました。

自分が心から満足するスタイリングに周りからうらやましがられるような服やバッグはいりませんでした。

昔から人一倍見た目を気にしてきたせいか、オシャレであることが優れているように思っていたし、素敵な人=オシャレだと思っていたのですが、

でも実際のところは素敵な人≠オシャレであって、素敵な人みんながみんなオシャレってわけではないんです。


自分を幸せにする服装は必ずしもオシャレというわけではありません。


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【服を大切に着たい】服が好きだからもっとちゃんと服の事を考えたい。

 

目指すはタイムレスなスタイル



こんにちは、サオリです

最近の興味関心は「服を大切に着る」ということ。


だいぶ前にファッションドキュメンタリー映画「ザ・トゥルー・コスト」の映画について書かれている動画や記事を読んで

服をポンポン買っては捨てるという行為が間接的に誰かを苦しめているという事を知り、とにかくショックを受けました。


映画は観てて辛い場面があるそうで、そういったものを観ると具合が悪くなってしまうので観れていないのですが

この映画のレビューを読んだだけでも、わたしはもっと服を大切にしないといけないと強く思いました。


私の好きなファッションで誰かが辛い思いをしているなんてすごく嫌だ。


今の私はというと自分のスタイルを確立したことによって服の失敗も減ったし、着なくなってしまった服はユニクロやザラのリサイクルボックスに入れるようにしています。

まだまだ着れるきれいな服はメルカリに出品したりと、平気で服をゴミとして捨ててしていた昔に比べだいぶエコになったと思います。

それでもやっぱり映画「ザ・トゥルー・コスト」に関心を持って、服の事を考えてしまうのはまだまだ服との向き合い方が雑だからだと思います。


着ない服はリサイクルに出せばいい、それで本当にいいのか

 

特にリサイクル。

リサイクルに出し始めた時は「自分はエコなことをしている」と思っていたのですがなんか違うよなって気持ちが湧き始めたんですよね。

布を裁断してミシンで一つ一つ縫製したりと服作りはまだまだアナログな世界。

作り手さんの事を考えると「リサイクルに出したからいいじゃん!」というのはなんか違う気がするんですよね。


自分が作り手側だったら自分が作った服がすぐにリサイクル行きなんてゴミとして捨てられることと同じくらい悲しいです。

作っているときに「今自分が作っている服のほとんどはすぐ捨てられるんだろうな」なんて作り手さんに思わせたくない。

だからリサイクルに出す服は着倒した服だけにしたいです。

 

メルカリで売りにくい服で冒険しない


とはいえ買い物に失敗は付き物です。

私が注意したいと思うのは、メルカリで売りにくい服で冒険しようとしないこと。


売りにくい服というのは洗濯するとくたっとしてしまうTシャツや薄手のニット類


私は春秋に着れる薄手のニットが自分の定番アイテムなのですが、何年か前の春に「たまには違う色が着たいなあ」と

ユニクロでそのときトレンドカラーだったパステルカラーのニットを数枚買いました。

それぞれ10回くらいは着たと思うのですが、秋になってしまうとパステルカラーを着る気分にはなれず。

翌年の春に着ようと思ったのですがトレンドカラーではなくなってしまったのと私にとって顔映りが良くない色だったので古臭い印象になってしまい、着なくなってしまいました。


薄手のニットは着るたびに洗うので少しずつ縮んでしまいます。

少しでも縮んでしまったものはメルカリでは基本売れないのでまだまだ着れるニットはリサイクルボックス行きになってしまいました。

ニット類では冒険しないようにしたいです。

 

リユース価値の高いものは値段が高くても長い目で見ればお得

 

今から9年前くらいにポールスミスのグレーのロングPコートを母に買ってもらったのですが、すごく気に入っていてその1着を5年間シーズン中ずっと着続けていていました。

値段は忘れてしまったのですがおそらく6万くらいで、着用回数で割ると1回あたりの値段は79円です。(5ヶ月×5年着用)

充分着てもまだまだ形も崩れず綺麗だったのでメルカリに出品したのですが、なんと2万円以上で売れ過去で一番得した買い物となりました。(買ったのは母だけど)


ポールスミスってレディースはすごく人気というわけではないので自分の思った以上の価格で売れてびっくりしたのですが、

タイムレスでベーシックな形のコートだったから売れたのかなと思いました。

それからはリユース価値も考えて服を購入するようになりました。リユース価値の低いものは着倒す前提で買う!)


リユース価値の高いものは金銭的にもお得だし、買い手側の人も着なくなってしまったら売ることが出来るので環境面にもいいですよね。

 

なるべく服を買わないために生活を充実させる

 

服を着倒すためにはやっぱり服を買わないことだと常々感じてます。

私がついつい買ってしまうときって、日々の生活に退屈してしまって服に刺激を求めてしまうとき。

そんな時はおしゃれはあくまでも生活をちょっとだけ幸せにする手段なのに目的になってしまってます。

よく物を買っても幸せにはなれないと聞きますが、本当そうだなあと思っていて、

ずっと欲しいなと思ってたジャケットを買っても高揚感は一時的なものでまたしばらくすると別の服に興味が移ってしまう事はよくあることです。

服を買っても生活ががらりと変わるわけではありません。


欲しくなってしまったときは服から意識を逸らして趣味に没頭するなど、生活を充実させることを意識したいです。



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「服はたくさんあるのに着る服がない」←なんでこんなことが起こっていたのか

 

着る服がないんじゃなくて「着たい服がない」んだってやましたひでこさんが言っててそうだなーって思った。


こんにちは、サオリです


服はたくさんあるのに着る服がない…こんなことを思ったことがある人はきっと少なくないはずです。

私も過去にこれに悩まされていて、着ない服をたくさん買っては膨大な量を無駄にしてきました。

しかし今は着ない服は圧倒的に少く、結構買い物上手になったと思っています。


今日はなんで過去に「服はたくさんあるのに着る服がない」という事が起こっていたのか、振り返ってみたいと思います。

 

 

生活スタイルに合っていない服ばかり持っていたから

 

田畑の多い田舎に住んでいたのにもかかわらず、手持ちの服のほとんどがシフォンのミニワンピースなどの都会で着るような「お出かけ着!!!」という服ばかりだったので地元では着る事が出来ませんでした。

なので服を買いに都会(と言っても地方都市)に行くときにしか着れなくて「服を買いに行くための服」化してました。


しかも東北に住んでいたので中に重ね着できないシフォンワンピを着られる季節は少しだけ。

この時は手持ちの服のほとんどが一人ファッションショー用の衣装になっておりました…。


都会に住んでいたらたくさん着たのかというとそうでもなく、実際東京で一人暮らししていると家事全般をこなさないといけなくなったため、動きにくいスカートとかワンピースなんて着ていられなくなりました。

実家にいるときの方が家事は母任せだったので優雅な生活してたなと思います。スーパーの袋なんて持つことなかったし。


自分はパンツ派と自覚するようになってからはパンツに合う服を買うようになったため、どんどん着れる服が増えていきました。


スカートとかいいなーと思うんですけど、やっぱり普段は履かないので買うときはお出かけ用(見た目重視したいとき)と割り切って買っています。

 

 

自分の好みをガン無視して流行ばかり追いかけていたから

 

今までの記事にも書いているのですが、完全に雑誌の奴隷になっていて雑誌で推していた服ばかりを買っていました。


デザインが特徴的なものが多く、その雑誌を読んでいる人なら「○○の服だ!」と分かるような服だったため、

シーズンが過ぎると着るのが恥ずかしくなってしまい、ワンシーズンでお蔵入りになっていました。


しかもポリエステルの服とか下着が見えそうなミニワンピースなんて正直着心地が好きじゃないのに「雑誌に載っていてかわいかったから」という理由だけで買っていました。


その服を持っていてテンションは上がっていたのですが、でも実際着るとなると着心地が悪いから選択肢からはずれ、

着れる服が惰性で買った綿のカーディガンしかない、なんてことになってました。

いくらデザインが良くても着心地が悪いと着なくなりますね。


しかも頭のてっぺんからつま先までトレンドで固めていたため、トレンドが過ぎると一瞬で手持ち服のすべてがダサく感じ「着る服がない」なんてことになっていました。


これはいろんな服をたくさん試着し、トップスはシンプルな方がすき、パンツはスラックスがすきなどと自分の好みが分かってきてベーシックアイテムが固定化されてから安易に流行に流されなくなりました。

 

永遠に訪れない理想のシチュエーション用に服を買っていたから

 

雑誌でモデルが都会の街中でデートしているシチュエーションやオシャレなレストランで食事しているシチュエーションなどよく見かけますが

私は「そんなシチュエーションが私にも訪れるかもしれない、そんな時用のために」と服を買っていました。

可愛いけど絶対着ないだろって服も「○○の時に着たら素敵かも!」と妄想を繰り広げ、永遠に訪れないシチュエーションのために散財していました。


妄想と言えば、その時は観劇が趣味だったのでそのシチュエーションを妄想しワンピースを買っていたのですが

今は行かなくなってしまったし、趣味で行っていた頃も数か月に一回とかだったので、もし観劇の趣味が復活したとしたら何回も着たいと思えるワンピースを買いたいです。


今はこの服を買ったら明日から着るかどうかで判断するようにしています。

でもアウターとかはシーズン前に買わないと売り切れてしまう可能性もあるため、その時は返品可能な通販サイトで一度購入し、手持ちの服とコーデしやすいか家でじっくり吟味してから決めます。


いらない服を手放すときに一番つらかったのはこのシチュエーションを妄想して買った服たち。

「今の自分のライフスタイルではこんなシチュエーションは起こりえないんだ」と現実と向き合うのが辛かったです。


でも妄想で買った服って目にするたびに着ていない罪悪感を感じるし、自分のライフスタイルに合う服をちょっとランクアップしてガンガン着る方が満足度が高いです。

今年の春イエナで上質なアウター買ったら素敵すぎて毎日着るたび幸せすぎたので間違いないです。


合言葉はこれ→現実を幸せに生きようぜ。

 

 

人にどう思われるか、他人軸で服を買っていたから

 

流行の服を着ていないと、服のバリエーションがないと人からダサく思われてしまうという考えがあって、そう思われないためにもポンポンと服を買っていました。

この頃は似合っていなくても流行の服を着ていたら正解だと本気で思っていました。


でもヘアメイクの世界にいた時、洗練されている人はだいたい同じ服でキャラクターが固定化されている事に気が付いてからはそんな考え方はなくなりました。


オシャレを考える職業の人が同じような服を着ているってかなり衝撃的だったし、説得力あるなーと思いました。

そういう方たちを見て逆にブレまくっている自分が恥ずかしくなりました。


まあそこからは自分のスタイルを確立するためにまた服をたくさん買い散財してしまったのですが、今は服のパターン化に成功しています。


それと数年前に体を壊してしまい、少しでもストレスの感じる服は一切着れなくなった時にいくら流行っていてもそれが着れる人と着れない人がいるという事を実感して人の目も気にならなくなりました。

肌が弱くて天然素材じゃないと着れない人、小さい子供がいてスニーカーしか履けない人。

ひとはいろいろ。


必要な服は一人ひとり違います。

 

【断捨離】似合わないのに執着してしまう理由【かわいいの呪縛】

魅力的になるには自分の持ち味を生かすこと。



こんにちは、サオリです


私は昔から女の子らしいフェミニンな服が好きで、花柄、フリルは大好物。


10代後半から21歳あたりまでスナイデルのフリルたっぷり&パステルカラーのミニワンピースが大好きでした。(Viviの甘い系とかキャンキャン、美人百花系が好きだった)

でもスペックは骨格ストレートで顔タイプもクール寄りのエレガントタイプ。

パーソナルカラーはビビッドウィンターでホグワーツ魔法学校に入学してたらスリザリンな見た目。

闇属性がかわいい恰好をしているわけだからそれはそれは野暮ったい見た目をしていました。


似合わせ理論を知ってから、どうしてもあか抜けたいので今までに集めた似合わない服を手放そうとしたのですが、捨てられない。

最終的にはヘアメイクの専門学校に入学するときに「メイクさんはこんなフリフリした服着ないよね!」と自分の好きな気持ちを押し殺し、断腸の思いでゴミ袋いっぱいに服を突っ込みました。

 

フェミニンに執着していた理由。フェミこそ女の頂点

 

服の系統を変えるまで野暮ったいと感じながらもフェミニン服に執着していたのですが、なんでこんなに執着していたのかというと、

そのとき自分の中で「モテのカースト」「女のカースト」みたいなものがあって、その頂点に君臨していたのが美人百花みたいなフェミニンな恰好をした女だったからです。

フェミニンな恰好をしていないとモテないと思っていて、それだけじゃなくそういう格好をしていないと女じゃないとさえ思っていました。


だから似合わせ理論で自分はカーストの頂点タイプじゃないと知ったときは負け犬になった気持ちだったし、

フェミニン服を捨てる事=女を捨てる、モテを諦める事だったので服を手放すときとても辛かったんです。


人のどういう所に魅力を感じるのかはそれぞれで、そこに上下は存在しないのに「かわいい服が似合わない自分は負け犬」と思っていたのはやっぱり雑誌の影響が大きかったと思います。


10代後半から20代前半向けの雑誌の「モテ特集」って、だいたいはモデルがフェミニンな恰好してるじゃないですか。

だからモテのカーストの頂点がフェミニンになったんだと思います。(私の中で)


あとオシャレ経験値があまりにも低く、単純にかわいい服(=フェミニンな服)を着ればかわいくなれる、

逆にフェミニンな服を着ないと自分はかわいくなれないと思っていました。

 

 

クールな恰好でもかわいいと言ってもらい価値観が崩れた

 

で、この考えが崩れたのは上京して自分の服の系統を似合わせ理論通りに変えた時。


ZARAのシンプルな白のノースリーブのブラウスに黒のタイトスカートというクールでヘルシーな肌見せコーデをしていた時。

男性から「かわいいね」と言われたことがあり、このとき「フェミニンな恰好じゃなくてもかわいいと思ってもらえるんだ」と思ったんですよね。

その後も似たような出来事が結構ありました。


女性が「かわいい!」という対象って、必ずしもキティーちゃんみたいな「cute」なものだけじゃないですよね。

キュートじゃないキャラクターでもエモかったら(心動かせられたら)かわいいって言うじゃないですか。


それと同じで男性も、その女性がかわいくなくても(おめめクリクリ&華奢でゆるふわカールヘアな分かりやすいcuteじゃなくても)女性としての魅力を感じて男心をくすぐられたらかわいいと感じるんです。


(ボディラインが出る服や、きれい色のスカート、シースルーの服、ヘルシーな露出など女性ならではの恰好)

 

自分の魅力を最大限に発揮するのが最強とクラスメイトをみて実感した

 

それから専門学生の時に、ヘアメイクの学校なのでオシャレな子がたくさんいたのですが、中でもずば抜けて個性が際立っていて素敵なクラスメイトがいました。

その子は肌が浅黒く、目は一重で細いパリコレモデル系クールビューティさん。


彼女は自分のキャラクターを理解していて、いつも自分に似合う洗練されたコーデをしていました。とにかく2年間の学校生活の中でダサかった事が一度もない。

ライダースジャケットが本当によく似合ってました。

もし彼女が自分のクールな魅力を否定してかわいいに走ったらたぶん私は彼女の事を素敵だと思わなかったと思います。


彼女のおかげで“自分の魅力100%全面出しコーデ”の良さに気が付けて、似合わない系統の執着も少なくなっていきました。

だって自分も素敵になりたいじゃん?


フェミニンというより特定のアイテム、コーデに執着してた

 

昔は気が付けなかったのですがフェミニンな服に執着していたというよりは特定のアイテム、コーデに執着していました

例えばフリルのブラウスとフレアスカートを着ないと、パステルカラーじゃないとフェミニンじゃない、みたいな。

 

↑この記事にも書いているのですが、フェミニンコーデは甘いブラウスを着なくても、フレアスカートを履かなくてもできるんですよね。

ファッションってトータルバランスだから。

フェミニンと言っても幅が広いので、昔似合わせ診断で必要以上に落ち込む必要なかったなーって思います。

ほんとに視野が狭かったです。


今はフェミ系統もお色気に昇華することによって楽しんでおります。

 

今が一番若い。今の魅力を楽しまないでどうする!

 

数年前にピンク色のプリーツスカートを買いました。

正直すごく似合ってたわけではないですが、その時は野暮ったさも許容範囲だったのでよく着用していたのですが

今年になって着用してみたらとにかく野暮ったく、似合わなくなっていました。(腰のハリが目立ちすごく太って見える…)


生地が上質なもので、全然痛んでないし、スカート単体だけで見ればすごくときめくスカートだったので手放すのは惜しかったのですが

似合わなくなったスカートに執着している今この瞬間にも自分は年を重ねているんだと思ったら「今の自分の魅力を楽しまないと!」と思い手放すことが出来ました。


こう考えられるようになったのもきっと自分の魅力を引き出す服の方が大事と思えるようになったおかげだと思います。

 

【アラサー】私がジーンズを履かなくなった理由。スラックスが快適すぎるんだよ【きちんと感大事】

履かなくなったけど、いいなとは思う



こんにちは、サオリです


数年前から若者のジーンズ離れという言葉をネットやニュースで見聞きするのですが、私もその「ジーンズ離れ」した一人で、25歳の時にジーンズをすべて処分しました。

今はパンツと言えばセンタープレスパンツ一択。

ジーンズを履かなくなった理由には履き心地などいろんな理由があるのですが、一番の理由は手抜きしているようにしか見えなくなったからです。

 

 

ジーンズが手抜き&生活に疲れて見えるようになった


私はそれまで濃紺のスキニージーンズを愛用していて、ブラウスやパンプスなどのきちんとアイテムと合わせたコーデが好きでした。

しかしある日電車の窓に映った自分の服装が、家の鏡では完璧だったのに「手抜きコーデ」にしか見えなかったのです!

同時になんだか生活に疲れているようにも見えて、ちょっと前までは素敵コーデだったのになんでこんなことが起こってるのか理解不能でした。


ネットでたびたび「30になったら今まで着ていた服が似合わなくなった」というのを見るのですが私は25歳でそれが起こっていたんです。(老け顔だからと思われる)


最初はジーンズが似合わなくなってしまったことが受け入れられなくて、ファッション雑誌や、街を歩いている見た目年齢同じくらいの人のジーンズコーデを参考にしたりしたのですが、

年齢に伴ってきちんと感を出した方が素敵に見えるという結論に。

(なおパーカーやボーダーなどがが似合うカジュアル大勝利な人はこれに当てはまらないと思われる)


自分単体で見るときれいにまとまっているコーデでも、カジュアルを素敵に着こなす若い子がたくさんいる街中ではどうしても相対的に見劣りしてしまうんですよね。

↑出かける前は完璧だったのに外では手抜きに見える理由はコレでした。


ロングコートを着てジーンズの見える面積を狭くするとか、全体の色味を抑えるとか方法は考えたのですが

・ロングコートを着てジーンズの見える面積を狭くする
→夏は!?

・全体の色味を抑える
→もう気分が落ち込むような暗い色の服は着たくない…


という感だったのでジーンズに執着するのはやめました。

 

スラックスがジーンズよりはるかに快適な件


そしてジーンズの代わりに履き始めたのがネイビーのセンタープレスパンツ。

これが本当に良くてジーンズよりはるかに快適。

脱ぎやすいし締め付けない、夏は涼しい冬はあったか。色移りの心配もない。(←昔フルラの白いバッグにジーンズが色移りしてしまった)


手持ちのトップス全部に合うし、特にユニクロのセンタープレスは買って2年、

ほぼ毎日履いていて家でスクワットとか結構してたのに膝ぽこなし、シワなし毛玉なしで何でできてるんだよってくらい優秀。逆にこわい!!!!!

ストレッチ効いててデニムより動きやすい。

もう死ぬまでこのパンツでいーわってくらい快適。

(※褒めすぎだけど決してステマではない)


きちんと感があるのでトップスを色物にしてもカジュアルになりすぎないところが気に入っています。


そんなことで私はセンタープレス一択になったのでした。


おしゃれ偏差値がぐんと上がったのはスラックスを履くようになってからだと思う

 

何を着たらわからないオシャレ難民だった頃、MBさんのメルマガを読んでいたのですが(メンズファッションについて書かれたメルマガだけど読んでた)

ボトムスは印象を整える効果がある。ボトムスはお味噌汁の出汁のようなもの。出汁が取れていない味噌汁にいろんな具材(トップス)を入れても美味しくならない=オシャレにならない


というようなことが書いてあり、スラックスを履き始めてからとにかくこのことを実感しています。


私は昔からとにかくカジュアルが似合わず、Tシャツとか部屋着にしか見えてなかったのですが、

スラックスを履くようになってからはTシャツコーデも大人カジュアルに決まり、暑い日も快適に過ごせるようになりました。(それまで夏はダサ見えで諦めていた)

スラックスは子供は履かないオトナアイテムなので、履くだけでオトナな印象になります。


スラックスは色展開も多いのでカラーコーデもできるようになり、自分は色でカジュアル度合いを調節するのが向いてるな~と思いました。

カジュアルアイテム似合わねーって人はきちんとアイテムの色物に挑戦するよろし。


なんかスラックスって今までオフィスワーカーが履くものと勝手に決めつけていたのですが、私と同じこと思ってる人はめっちゃ便利なアイテムなので一度チャレンジしてみて欲しいです。

 

家じゅうを徹底的に掃除したら生活の基本的な事ができてないのに将来が~とか考えてた自分が馬鹿らしくなった

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人生に文句を言うのは当たり前のことをやってから


こんにちは、サオリです

少し前から掃除に凝ってて毎日頑張って部屋中をお掃除してます。


きっかけは「おそうじ力」という本にたまたま出会ってから。
3日で運がよくなる「そうじ力」―うれしい変化続々!【令和最新版】 (三笠書房 電子書籍)

片付けや掃除によっていろんなことに気が付いた人たちが人生を好転させていくエピソードを読んで、掃除でそんなに変わるなら、と思い頑張っています。

 

自分はちゃんとしてるって思ってたけど換気扇は油でベトベトだった

 

部屋は自分の心を映す鏡と言いますが、私はものが片付いていればいいとしか思っていなくて掃除は適当。

掃除機掛けは週に1度、棚はほこりが気になったときに「そろそろ拭いてみるかー」とウェットティッシュで適当に拭く程度でした。

こんなんでも整理整頓は得意なので自分はちゃんとしてるって本気で思ってました。


でも本を読んでから片付けが出来ていても汚れていたら意味がないと知り、部屋中を徹底的に掃除をし始めました。


今の部屋に引っ越してきてから約4年になりますが、浴室トイレの換気口のフィルター、キッチンの換気扇を掃除したことがなく、

案の定、フィールターを外してみると黒いススがパラパラ降ってくる始末。キッチンの換気扇も油でベトベト。

スポンジでこすると一瞬でスポンジがベトベトになり、しかも全く汚れが落ちてない。


これではらちが明かないとネットで洗い方を検索したら酸素系漂白剤がいいとのことで初めて酸素系漂白剤を買い、とにかく掃除、掃除、掃除。



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当たり前のことができてないのに将来が良くなるわけがない

 

掃除をしまくって部屋の空気ががらりと変わったころ、ふと思ったことがあります。

それは掃除っていう生活の当たり前のことが出来てないのに自分の将来が良くなるわけないじゃんってこと。


私はうつ病が治ってからも長年の不摂生や不健全な生活習慣の影響で体が弱く、このままじゃ結婚すらできないなとか、今より広い部屋に住んで犬と猫飼いたいっていう夢が叶わないな、とか

ふとした時に将来を不安に感じる事があります。


でもさ、そんなこと思う前にやることあるだろって。

出来る事ってあるだろって思ったんですよね。

それが掃除などの生活の当たり前のです。


うつ病の治療の過程で運動とか自炊とか、いい習慣は出来ていましたがそれでも丁寧な暮らしとは程遠く、

部屋の窓を開けずに換気しないなんてざらにありました。

 

 

うつ病の頃もそう。

私がうつ病になったころ、とにかくしんどくて治したくって自己啓発や心理系、スピリチュアルなどの情報にすがっていいました。

でもそれだけで食生活はお菓子や冷凍パスタ食べまくりで顔中ニキビだらけ。生活サイクルも昼夜逆転が当たり前の生活をしていました。


こんな状態じゃうつ病は治らないって精神科医やカウンセラーじゃなくても分かるのに、私はそのころ

「何かすごい本に出会えたら、いい考え方に出会えさえすれば生活を変えなくてもうつ病は治る」

と本気で思っていて情報依存になっていました。

 

引き寄せの法則にも一時期はまっていて、これを理解さえすれば何もかも良くなるんだって思っていたのですが、そういうのは整った生活あってこそ

 

「汚部屋住み パワースポット 巡る馬鹿」

 

掃除をちゃんとするようになってから5chの掃除・生活まとめサイトというのをおもしろくて見ているのですが、掃除・生活まとめ (omaww.net)

そこに「汚部屋住み パワースポット 巡る馬鹿」っていうのを見かけて、すっごいささったんですよね。

私はパワースポットには興味がないですけど、でもこれと同じようなことになってたなって。

掃除・生活まとめ 某所で見かけた川柳… 『汚部屋住み パワースポット 巡る馬鹿』 自分のことすぎて本気で恥ずかしくなりましたwww (omaww.net)

 

うつ病の事だけじゃなくて、顔中のニキビをどうにかしたいって思ってた時は「それさえ使えば一瞬で美肌になれるすごい化粧品」をずっと探してたし、


英語を勉強していた時は「すぐに英語が上達するすごい勉強法」をずっと探していました。

 


学生時代、吹奏楽部で顧問の先生に「基礎がまともにできないヤツが曲を上手く吹けるわけがない」ととにかく基礎、基礎、と耳にタコができるくらい言われていました。

おかげで楽器に関しては毎日の地味な練習が大事だと分かり、大人になってピアノを習い始めた時、ネットの「すぐにピアノが上達する方法」などという広告や記事に惑わされずに済みましたが

他のジャンルではそのことが全く生かせていなかった自分に、恥ずかしながらようやくようやく気づくことが出来ました。


うつ病を治療する過程で、うつ病はすぐには良くならない、毎日できる事をして一歩一歩進むしかないんだ」って心の底から実感してたはずなのに忘れちゃうものなんだなあ。


これからも毎日継続していい変化を報告できたらいいなと思っています。


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