【カウンセリングレポ】高校時代のあいつらが許せない!でも実は…

 

アラサーになっても執着してしまう過去の事



こんにちは、サオリです

今日はこの前行ってきたカウンセリングの事を書こうと思います。


カウンセリングにはうつ病が治った今でも半年に1回は受けています。

というのも消化しきれていない事がまだあるし、カウンセリングを受ける事によって自分を客観視できるからです。

 

この前のカウンセリングでは高校時代の事を話しました。

これまでのカウンセリングではうつ病を治すために専門学生の時に受けたパワハラとか中学の時のいじめとか、強烈に許せない事を主に相談してきました。

それが解決すると今度は高校時代に経験した許せない事がこみ上がってきてモヤモヤ。

 

高校時代のあの子らが許せない!


高校時代では仲良くしていた友達に理不尽な理由でハブられたり、授業崩壊が起こっていました。

そして周りの大人に相談したけど対処してもらえなかったこと、

それどころかその後ストレスで体が動かなくなってしまい学校に行けなくなった時、周りの大人に責められた事が本当に悔しくて許せませんでした。


それに加え、許せなかったことが。

フェイスブックで私の事をハブった、授業崩壊に加担していた子のページを見つけてしまったとき、希望通りの進路を歩んでいたことが分かった事。

最近では「病気で後一歩治療が遅れていたら死んでいた、目が覚めたら旦那さんがすごく心配してくれた、命があることに感謝☆」的な、

結婚して子供もいてもうすっかり改心しましたって感じの投稿が癪に障ったよね。うん。

 

涙が出てきて分かった事

 

このことをカウンセラーに話したら

「その子が改心したとは限らないよ?そういうのっていくらでも演じる事が出来るし。あなたは意地悪してきた子たちにどうしてもらいたいの?」

って言われて、中学の時に私をいじめたA子にはPTSDにもなったし、治すまでにかかった治療費とか慰謝料ふんだくったらスッキリするかもって思った事はあるんだけど

高校時代に意地悪してきたヤツはA子とは違い、ひどい事をやったっていう自覚がない。(少なくともA子は自分がひどい事をやった自覚はあった)


だから仮に謝らせても表面的な感じになるだろうし、慰謝料を払わせることが可能だとしても被害者ヅラされるだろうから、その子たちに「こうして欲しい」と思ったことがなかった。



カウンセラーは「あと一歩で死んでたかもしれないその子にちゃんと天罰下ってるじゃん」って言ってくれたけど、

「悪い事をした自覚がなく、その後もへらへら生きて、病気も天罰だとは思わずただの悲劇として旦那に心配されていいもんだよな。」

なんてつぶやいたら

 

「じゃああなたはその子みたいに人をいじめる側になりたいの?」って言われた。

 

「そんなのとんでもない。でも人の気持ちが分からず理不尽にハブる事が平気でできる、自分に都合のいいように生きていることが羨ましいと思う。」

って言ったら

「本当はその子たちと仲良くしたかったんだね~」ってびっくりするような事言われて。

そしたら勝手に涙が出てきた。


涙が出てきたことによってカウンセラーの言っていることに納得することが出来た。

体の反応は正直。

わたしはその子らと本当は仲良くしたかったらしい。

いじめる側になりたいってわけじゃないけど、でも疎外感は感じていたからそれがすごく悲しかったんだと思う。


許せない、憎いって感情はそれくらい相手の事が好きって事は何回も心理学系の本で読んだことはあるけど実際本当の意味で理解する事ってなかなか難しい。

今回もカウンセリングを通して自分の気持ちに気が付けたし、気持ちがすっきりして良かった。

 

 

「思想型おしゃれ」の人。かっこよさの追求だけがおしゃれというわけではない

 

見た目の追求だけがおしゃれというわけではない



こんにちは、サオリです


私は長い事自分のファッションに対してモヤモヤしてきました。

小学生の頃から25くらいまで自分のファッションに納得することが出来ませんでした。


ファッション雑誌を読み込んでも、いろんなセレブのスタイルブックを読んでも、おしゃれのハウツー本を読んでも満たされない。

着こなしの知識が増えていくばかりで満たされない気持ちに絶望していた時もありました。

 

「思想型おしゃれ」の人は表面的な見た目だけのおしゃれが苦手


なぜこんなにもモヤモヤしていたのかというとそれは私が「思想型おしゃれ」の人だったからです。

思想型おしゃれというのはその服を選んだ理由、そのスタイリングをする理由がはっきりしていて(または理由を求める)、こだわりがあり、自分らしさを求める事。

思想型おしゃれのひとの特徴は安易に流行に飛びつかないし、スタイリングにも一貫性があります。

 


私がこんなにもおしゃれ迷子だったのにパーソナルスタイリストにスタイリングを依頼しなかったのは、ただおしゃれになっても満足できないことが分かっているし、表面的な見た目だけのおしゃれが気持ち悪いから。

それとこだわりが強すぎてスタイリストが欲求に答えられないのが目に見えているから。

 

私に必要だったのはファッションテクニックを知ることでも、流行のアイテムの着こなし方を知ることでもなく、おしゃれへの「考え方」だったんです。

 

 

おしゃれがダサい!?だと!?


私が衝撃を受けたブログ記事があります↓

www.yamadakoji.com


山田耕史さんの「なぜオシャレはダサいのか?ブルータスを読んだら理由がわかりました。」という記事です。


「おしゃれなのに素敵に感じない人と、服はすごく普通、もしくはそれほどおしゃれじゃないのに素敵に感じる人って何なんだろう?」とずっと思っていたのですが、その理由がこの記事でわかり、目からうろこでした。

あとずっと自分のファッションに満足できなかった理由も。


それまでの私の服装にはライフスタイルが欠落していたんです。

だから着ていてもどこかストレスを感じていたし、心がそわそわしていました。

その時はどこか自分でも「自分は見た目だけの奴」だと分かっていたのかもしれません。

山田さんが言うように、その服を着る必然性がなかったし、体の上に服が乗っかっているだけで自分らしさがまるでない状態でした。


ライフスタイルと服ついてはこちら↓

www.yamadakoji.com

 

チャラついた格好だけがおしゃれではない

 

「思想型おしゃれ」という言葉を思いついて思ったのが、おしゃれに苦手意識を持っている人の事。

 

おしゃれが恥ずかしい、嫌い、苦手な人ってのは見た目のカッコよさや可愛さ、ファッショナブルさを追求した「感覚型おしゃれ」の人に共感できないから苦手意識を感じているのではないでしょうか。

どちらが悪くてどちらがいいとかはないんですが、思想型おしゃれの人にとって感覚型おしゃれの人はミーハーでトレンド好きな人が多いため、時に表面的で軽率に感じる事があると思います。

とくに量産型の服装や流行っているブランドの服を身に着けている人たちに対して疑問や違和感を感じる人は「思想型おしゃれ」のひとだと思います。



「感覚型おしゃれ」のひとはおしゃれ素人が見てわかりやすいおしゃれをしているということと、圧倒的に数が多いのでどうしても「おしゃれ=見た目のカッコよさを追求すること」と思うのも無理はないと思います。

対して「思想型おしゃれ」は機能を重視した結果地味か、逆に変わった服を着ている個性派かファッションオタクなので、おしゃれがまったく分からない人にとって思想型おしゃれの人はたいしておしゃれに見えないんですよね。

地味かハイレベルすぎて「それっておしゃれなの?」みたいな。


思想型おしゃれのひとにもわかりやすいおしゃれをしている人はいますが、感覚型との違いは、その人のこだわりがあるという事と、その服のカルチャーやブランドの歴史について理解している事だと思います。


言いたいことは、トレンディなチャラついた服装だけがおしゃれってわけではないってこと。

機能性や服のバックグラウンドを重視することもまたおしゃれをするという事なんです。

 

「思想型おしゃれ」は服やスタイルの歴史を知るとおしゃれが楽しくなるかもしれない

 

私には服、おしゃれが嫌いな妹がいます。

妹は中性的な雰囲気で肩幅も広めなため、そもそもどこで服を買ったらいいか分からなかったというのもありますが、私がファッションの話をするとつまらなそうな顔をするくらい興味がありません。

服なんて大学に入学するまで基本ジャージ。(シャカシャカするやつ)

友達に会うときはイヤイヤTシャツとデニムを履く程度。


でもおしゃれが嫌いでも服のうんちくや歴史の話を聞くのは嫌いではないらしく、着こなしやトレンドの話はまったく聞こうとしないのに服のうんちくは面白いのか聞いてくれました。

そこで私は妹に似合うそうなアイテムのうんちくを話して興味を持ってもらう作戦に。

例えば、ローファーはスニーカーと比べて見た目はきちんとしているけど、紐靴よりカジュアルなアイテムだからフォーマルな場面では履いちゃいけないんだよ。

昔はアメリカの大学生が履いていたんだよ。とか。

そのあとに「絶対似合うから履いてみなよ」とスムーズにお店に誘導。


今している服装にそのまま合わせるだけでいい、ローファーは高校生が制服として履くものだけではなく、私服にも合わせる事が出来ると分かると購入。

今ではスニーカーと同じくらい妹のマストアイテムになっています。


もし仮にローファーがパンクロッカーに愛されてきた靴だったとしたら妹はローファーを履いていなかったと思います。

妹にとって機能性や似合う事と同じくらい、そのアイテムの持つストーリーを自分に取り入れたいかどうかは大切な事だったんです。


そんな妹は一切自分で服を選べなかったのに去年、履いているチノパンが似合っていたから「このパンツいいね」なんて言ったら「zozoタウンで買った」なんて言うではありませんか。

おしゃれ嫌いな妹がなんとファッション通販サイトで服を買った!!

ローファーから約6,7年経っておしゃれの苦手意識も確実に薄くなったのかと思います。

眼鏡もこだわりのおしゃれなメガネしてるし。


「思想型おしゃれ」の人は服やブランド、スタイルの歴史を知ると着てみたいなと思う服が見つかるかもしれないし、それがきっかけでおしゃれが楽しくなるかもしれません。

 

 

パリジェンヌファッション独特のこなれ感は“古さ”にあり。日本人のパリジェンヌ風が素敵に感じない理由。

 

服だけ見ればダサい事もあるのに素敵に見える謎



こんにちは、サオリです

パリジェンヌのファッションについて。


パリジェンヌのスナップ写真のファッションって独特のこなれ感がある。

この独特のこなれ感ってなんだろうなあと思ってた。

(ちなみに日本のファッション誌に掲載されているスナップ写真のファッションの事であって実際のパリジェンヌのファッションの事ではない。)


日本のファッション誌って、定期的にパリジェンヌ風のスタイリングが紹介されていたりするけどなんか違う。

SNSでもパリジェンヌ風のスタイリングをしている人をよく見かけるけど、パリジェンヌスナップ写真でよく見かけるトレンチコート、ジーンズ、バレエシューズを着てるにも関わらずなんか違う。

胴長短足の日本人なんだから違って当然だろって思うかもしれないけど、そうじゃない。


どこかにヒントはないものかと思って本を買ってみたらすぐにピンときた。

 

“古さ”がパリジェンヌのファッションを構築している


「大人のパリ イネスのおしゃれガイド」という本にはパリジェンヌのファッションについて解説されているんだけど

「古い」「アンティーク」「ヴィンテージ」「着古した」「昔から」というワードにパリジェンヌのこなれ感の秘訣を感じた。


・トレンチコートの着こなしポイントは「ずっと昔から着ているような印象を与える事」

・革のジャケットは古ければ古いほど美しいもの。ヴィンテージのものを買いましょう。

着古したデニムジャケットにシルクブラウスを合わせてみましょう。

・男物のヴィンテージスカーフを発掘していろんなものに合わせてみましょう。

・失敗しらずのアクセサリーはアンティーのイヤリング。



パリジェンヌのファッションと日本人のパリジェンヌ風のファッションの決定的な違いはスタイリングの中に“古さ”があるかどうかなんじゃないかと思った。

まあパリジェンヌと言っても一人ひとり考え方は違うからみんながみんな古着を着ているわけではないと思う。

でもフランスで人気らしいRoujeやSEZANEの服でさえ、どれも古着屋さんに売ってそうな感じのデザインばかり。花柄のニットなんて特にそう!

 


ヴィンテージって超有名ブランドでないかぎり同じモデルで同じ状態のものって手に入りにくい。

アンティークなんて1点もの。

だからみんなジーンズやトレンチコートなどの同じアイテムを着ていても独自性を感時るんじゃないかと思った。


すべてが新しいと独特のこなれ感は出せない


改めてパリジェンヌのスナップ写真のファッションと日本人のパリジェンヌ風を比べてみると、日本人の場合、頭のてっぺんから足の先まですべてのアイテムが買いたてみたいにきれいすぎる事が多い。

おそらくどのアイテムもそれほど長く着ていないんじゃないだろうか。

だから真似しようと思えば同じような服がたくさん売っているからそのままそっくり真似できる。

それが“パリジェンヌ風量産型”に感じて素敵に感じなかったのかななんて思った。

 

いくらアイテムの組み合わせでこなれ感を出そうとしても、すべてが新しいと“あの”こなれ感は出せないんだと思う。



パリで素敵に見える服装と日本(東京)で素敵に見える服装はちがうから、どちらが良くて悪いかそこに優劣はないけれど、私は“古さ”を上手に取り入れている方がスタイリングに奥行を感じて素敵に思う。

着古した服や使い込まれたバッグにはストーリーを感じるから。

とはいえ古さを取り入れるのはなかなか難しい。

日本は新しい建物ばかりだからあまりにも古い物が多いと街並みに対して古さのコントラストが強くなってしまい、ただの古い人になってしまう。とくに大人は。

パリジェンヌの素敵さはあの街並みあってこそ。



そこで目指したいのは映画「マイ・インターン」のロバート・デ・ニーロ演じるベン。


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スーツはモダンだけどカバンはヴィンテージというスタイル。

これを置き換えると、服は日本の街並みに合わせてモダンに、でもバッグやアクセサリーなどの小物はヴィンテージで。


特に高級ブランドバッグに関しては中古品やヴィンテージ物の方がモダンな服に対して嫌味なく馴染んでくれる。

ブランドバッグってのは高価であるがゆえに存在感が強く、嫉妬の対象になりやすかったり、成金とか見栄とかネガティブなイメージと結びつきやすい。

しかし中古品やヴィンテージ物はそのバッグが歩んできたストーリーがネガティブなイメージを和らげてくれる。


小物で取り入れるくらいが大人の日本人女性にはちょうどいいと思うし、古着に抵抗感を感じる人でも取り入れやすいんじゃないかと思う。


 

ニューヨークのリアルファッション事情。Tシャツジーンズしか着れない。

 

Tシャツもジーンズも無地の着古したピタピタサイズ感が大事



こんにちは、サオリです

今日はニューヨークにいた頃の話とか。


今から5年前、ニューヨークで語学学校に通いながらヘアメイクの撮影現場にインターンをしていたんだけど

ニューヨーク生活の中で一番ストレスに感じたのは服。

ニューヨークと言えばなんとなく映画やドラマの影響からかファッショナブルなイメージを持つ人も少なくないと思う。


でも言っておくがあそこはガチでTシャツとジーンズの人しかいない街


ちなみに5年前の話ではあるが、今でもそう変わっていないと思う。


ニューヨーカーはみんなTシャツジーンズしか着ていない


もっと詳しく言うと女性の場合は着古したTシャツとスキニージーンズ。

ジーンズに関してはスキニージーンズ一択。太っている人もピタピタのを履いている。

それ以外の形を履いている人はほとんどいなかった。


ジーンズの次に多かったのはランニングタイツ。

あれを1枚で履いている。

腰の位置が高くお尻の大きい人が多いからいつも「お尻のボリュームすごいなあ…」と見ていた。

寒かったらライダースジャケットかGジャン

平日も休日も関係ない。

国民服なの?ってくらいこういう格好の人しかいない。


私は毎日グランドセントラル駅を利用していたんだけど、そんな格好の人ばかりでスーツを着ている人なんていない。

みんなTシャツジーンズ(タイツ)で会社に向かう。

靴はみんなスニーカーを履いているんだけど、ビーサンの人もいた。

スーツを着ている人は銀行か金融街にしかいない。


メイクアップアーティストの事務所に行っても、有名雑誌の撮影現場に行ってもそれはまるで変わらない。


ちなみに男性は本当にブルージーンズしか履いていない

ジーンズでも色がブラックだったり、スキニーだったり、それ以外のパンツ、スラックスとかショートパンツを履いている人がいたらそれは間違いなくゲイ。

だから帰国したときは「なんでこんなにたくさんゲイがいるんだろう!?」とびっくり仰天した。

その時流行っていたステューシーのロゴドン服なんてアジア人留学生が着ているのを1度見ただけ。

 

このことを知り合いに話したとき「うっそだあww!!」と言われたが、大げさに言っているわけでもなく本当の事である。

よく日本人はみんな同じ格好をしているなんて言っている人がいるけど、ニューヨーカーの方がよっぽどみんな同じ格好をしている


バッグだって男性はリュックの人しかいなかったし、女性はアウトレットのコーチかマイケルコースのトートバッグ、ロンシャンのナイロンバッグを持っている人しかいなかった。


ちなみにニューヨークにオシャレな人いたよ!という人がいればそれは観光客か留学生の可能性が高い。

5番街にはブランドバッグを持った観光客がわんさかいる。

 

 

治安の事を考えるとTシャツジーンズしか着れない

 

ニューヨーカーがみんな同じ格好をしているから自分もそういう格好をしないといけないというわけではないけど、治安の事を考えるとオシャレなんてできない


私自身はひどい犯罪被害に合う事はなかったんだけど(泊まったホテルでネイルポリッシュとメイクブラシを清掃スタッフに盗まれたくらい。出しっぱなしにしているのが悪かった)

治安が悪い場所はなんとなく肌で感じる。「ここやばいな…」って。

私が住んでいたところはクイーンズの比較的明るい雰囲気の街で治安の良いところだったけど、それでも変な人から「ニーハオ」と声をかけられることはあった。しかも何回も。


ネットでヨーロッパではブランドの高級バッグなんかはステイタスの高い人しか持っていないから、日本人の若い女の子がブランドバッグを持っているのは奇妙に見えると書かれているのを見たことがあるんだけど、

それはステイタスの高い人はブランドバッグを買えるお金があることの他に、治安の良い高級住宅地&車移動ができる生活だからなんだなあと肌で感じた。

ブランドバッグが買えるお金があっても地下鉄に乗る生活じゃ危なくて持てない。


せいぜい安心して持てるのはプレーンなデザインのコーチとマイケルコースのトートバッグ。みんな持ってるから。


日本で若い女性がブランドバッグを持てるのは治安がいいおかげ。


これはバッグだけではなく服もそう。

 

 

トレンチコート着て地下鉄乗ったら危機感感じた



メトロポリタンのオペラを鑑賞しに行くとき。


ネイビーのワンピースとパンプス、トレンチコートという格好で地下鉄に乗ったんだけど私の恰好は浮いていた。

日本ではこんな恰好しているひとはそこら中にいるし、普通だけど、ニューヨークの地下鉄では「この格好ではスリにあってもカツアゲされてもしょうがないよな」という危機感を感じた。

それくらい異様に浮いていた。

無事にスリにもカツアゲにも合わなかったからよかったけど、次に小綺麗な恰好をするときはタクシーに乗ろうと心に誓った


日本は治安がいいからこのときの危機感を伝える事は難しいんだけど、日本だとビニールのクリアバッグに現金を大量に詰め込んで中身丸見え状態で電車に乗る感じだろうか。

それくらい怖かったし、自分が富裕層だと勘違いするくらい周りの恰好があまりにもカジュアルだった。

 

服にお金かけないくせにカナダグース率が高い理由?

 

さらにびっくりしたのは冬。

ニューヨーカーは服にお金かけないんだなあと思ったんだけど、冬になると朝のグランドセントラル駅で高級ダウンのカナダグースを着ている人をよく見かけて困惑した

着ている人は主にホワイトカラーっぽい人達だったんだけど、ホワイトカラーとはいえ普段Tシャツジーンズ通勤の明らかに服にお金をかけない人たちである。

そんな人たちが日本円で10万はする高級ダウンを着ているんだから驚いた

でもまあ考えてみればボタンダウンシャツ発祥の地、アメリカ。

 


ニューヨークの冬はマイナス10度なんて珍しくない寒さ。

対して家の中は暖房ガンガンでTシャツ一枚で過ごす。

外出するときにTシャツの上から着てそのまま外に出ても寒くないカナダグースはニューヨーカーにとって合理的なアウターなんだと思う。(暖かさはモデルにもよるが)

 

オシャレに飢えた1年間だった

 

ブラウスでさえ着たら浮くから1年間ずっとTシャツとジーンズで過ごした。


実は留学する2年前もずっとTシャツジーンズで過ごしていたから帰国後はTシャツジーンズに飽き飽きして服買いまくり。

自分の着たい服が治安を気にせず自由に着れる国であることに幸せを感じた。


激安スーパーにヴィトンのバッグを持った人が普通にいる。

それが日本。


日本最高!!

 

突然大きな音が出る。電子ピアノの修理は定期的に必要。突然の高額出費でダメージ食らった。

 

突然の夜中の大音量ほど心臓に悪いものはない

 

こんにちは、サオリです


9月ごろに使っているヤマハの電子ピアノ(クラビノーバ)の低音域の“ソ”の音が突然大きくなるという事件が起きました。

ピアノの練習をするのは大抵夜なのですがいきなり「ッソォオオオオ!!!」と耳元で鳴るもんだからとにかく心臓に悪い。


でもたまにしかならないし、販売店に相談するのも面倒だからと放置していたら、翌月、今度は別の音でも同じ現象が起こるようになり、

かと思ったらまた別の音は小さい音しか出ないようになるわでとうとうまともな練習が出来なくなってしまいました。

しぶしぶ楽器店に修理を依頼し、約2週間後、修理屋さんに来てもらう事に。


電子ピアノの修理は定期的に必要

 

電子ピアノを分解してもらって原因を探ってもらったところ、シリコンっぽい素材でできた音の大小を回路に伝えるパーツが古くなっているとのこと。

見せて貰ったら、鍵盤のハンマーで衝撃を食らっているせいで調子の悪い音のところは部品に跡が付いていました。

なんでもその部品は消耗品で、定期的に交換が必要になってくるとのこと。


電子ピアノ分解からの部品交換、組み立てで約1時間。

修理にかかったお金は26,950円


電子機器の劣化は当然だけど、そんな消耗品があるなんて知らなかったので想定外の高い出費にダメージ食らいました。

修理が必要になってくるのってせいぜい5年くらい過ぎた頃かと思っていたので。

 

ちなみに2020年の秋ごろに買ったものなのでちょうど使い始めて2年です。


まさか2年で修理が必要になるなんて…

ピアノを趣味で始めるとき、電子ピアノ代と楽譜代しかかからないと思っていたのに!

今度からはきちんと数年おきにかかる修理費用も予算に組んでおこうと思いました。


壊れたのは練習を継続していたからこそ

 

余談ですが修理屋さんに、日ごろから弾かれている電子ピアノの修理が出来て嬉しいと言われました。

なんでも、ずっと放置している電子ピアノを久しぶりに触ってみたらなんだか調子が悪くて修理を依頼した…というケースも少なくないらしいです。

せっかくのピアノが使われないのはなんだか悲しい気持ちになるんだそう。


今回壊れてしまったのは練習を継続しているからこそ。

壊れた時はついてないなあとイライラしていたのですが、修理屋さんと話していてこのことに気づかされてモチベーションアップ。


引き続き練習を重ねてまた修理をお願いしようと思いました。

 

 

【吹奏楽】ブラック部活は人間性を歪ませる

 

洗脳が解けてから分かる金賞よりも大切なこと



こんにちは、サオリです

今週のお題「わたし○○部でした」



私は中高と吹奏楽部で、中学の吹奏楽部は全国大会常連の強豪校だった。

そのおかげで大会の他にいろんな演奏会に招待され遠征が多く、いろんなところに行ったしたくさんの人たちと出会い、貴重な体験した。


春休みにはしょっちゅういろんな学校が見学に来てまさに全国大会を目指す学校の「お手本」。

しかしその「お手本」となる学校のふたを開けてみればかなりのブラック部活だった。


平日は朝練、昼練、放課後は18:30まで練習。

土日は朝8時から16時まで。

休みはお盆と正月だけ。


合奏で出来なかったらみんなの前で「ったく何でこんなこともできねーんだよ」と怒鳴られ公開処刑は当たり前。

どうやったらできるようになるかは教えない不条理さ。

出来ないのはすべて個人の責任かパートリーダーの責任。


理不尽極まりない活動の中でも部員が顧問を神のごとく崇拝していたのは全国出場という飴のせい。


周りの保護者や先生方は素晴らしい顧問にすばらしい部員たちと思っていたようだけれど、実際のところ部員の人間性は歪んでいた。


私は中3のとき同じパートかつ部長のA子にカバンの中身や楽器ケースを漁られ物が盗まれたり、後輩の前で恥をかくようなことを言われたりしていた。

盗まれたことが発覚してすぐに顧問に言うなり周りに訴えたりすればよかったんだけど、こういう事が起こると連帯責任で学年で集まってミーティング、そして活動停止になる。

そして顧問はヒステリックになり、部員もイライラする。


普通は加害者が悪いけど、みんなのイライラの矛先はどういうわけか被害者にも行く。(表には出さないけど)

とにかくミーティング、部活停止は普段の練習だけでもストレスいっぱいなのに、さらにストレスの負荷が強くなるからきっかけを作ったやつは被害者だろうがイライラの対象になる。


そんな空気が漂う部活。

 

気持ち的には起きた問題の事より「ミーティング?勘弁してよ」なのだ。


そこまで見えていたので言うに言えず、そのままコンクールシーズンに突入。

もちろんA子のいじめは続いた。


あっという間に全国大会が終了し、残ったイベントは演奏会だけというときに限界が来たのかA子に会ったり、思い出すだけで激しい動悸がするようになっていた。

 

「A子をこのまま強豪校の立派な部長として終わらせるのは許せない」とようやく周りに訴える決心がついた。

それで顧問の先生にも、副顧問の先生にも、担任の先生にも、同じ部の友達にも必死に訴えた。

A子は本当はこんなことをするようなやつなんだって。


そしたら「あとは演奏会だけなんだからいまの時期にそんなこと言うのやめて」という態度を取られてしまった。

担任の先生にも「あと少しで引退でしょ?様子見たら?」と言われ、同じ部活の一番仲の良かった子にも巻き込まれたくないという態度を取られてしまい、母さえそんな態度で味方が誰もいないことに絶望した。


想像してみて欲しい。

14歳の女の子が勇気を振り絞って周りにいじめられていることを訴えたのにも関わらず誰も心配してくれる人がいないのだ。

もう死んで後悔させてやろうかと思ったこともあった。



そして私は絶望したまま、動悸を我慢しながら演奏会を迎えて部活を引退した。

A子は周りから「強豪校の立派な部長」のイメージを崩さず引退した。


その後私はPTSDで10年間苦しんだ。


ふと思う。

もしブラック部活じゃなかったらあのとき味方してくれる人がいたんじゃないかって。

 

ブラック部活じゃなかったら私はいじめられてもPTSDになってなかったんじゃないかって。


部活っていったい何のためにあるのだろう。


私の所属していた部活の目標は意外にも「全国大会出場」ではない。

皮肉にも「活動を通して人間性を育む」だ。


笑える。


こんなにブラックなのに演奏会に来た人たちはそんなことも知らず結果だけを見て「すばらしい」と拍手する。


部活はどこまで行っても教育の一環でしかない。

全国大会出場は分かりやすい結果だけれど、その結果を得るまでの活動が健全ではなかったらそれは教育ではない。

大人はそこを見誤らないでほしいし、今吹奏楽部に所属している子がいたら結果が残せなくても精一杯やったらそれでよし。

コンクールの結果はぶっちゃけ顧問がどれだけ生徒を支配できたかによるから。


10代の健やかな心身をブラック部活で蝕まないでほしい。

 

 

【不登校】なんで学校に行かないのか。そんなの本人にも分からない。

 

不登校が問題なのではない


こんにちは、サオリです

今日は不登校うつ病の時の事とか。



私は17の時にある朝体が動かなくなって学校に行けなくなりました。


何で体が動かないのかわからない。

寝ても寝ても疲れが取れない、体が重い。

トイレに行くだけで精一杯。

何をしても面白くない、何も感じない。

家族になんで学校に行かないのかと言われてもわからない。

なんで自分がこんな状況になっているのかわからない。


当時の自分の予定では順調に高校を卒業して大学に進学する予定だったんだけど、高校卒業するどころか中退。


そんな自分の状況が受け入れられず、なんで自分は学校に行けないのかとにかく自分を責め心の中で罵倒する。

高校中退なんて当時のイメージでは不良同然だったから、そんな不良の自分は落ちこぼれで社会のお荷物だから死ぬしかないと思っていた。

家族からなんで学校に行かないのか責められ、担任の先生からも電話越しに「なんで学校に来ないんだ、いいかげんにしろ」と怒鳴られた。


何で学校に行かないのか?

あたしも何で学校に行けなくなったのかわかんねーよ。

こっちが聞きてーよって感じだった。


そのときうつ病って言葉がまだ認知されていなかったから、「しんどい、だるい」という私に対して母はよく「そんなの気持ちの問題でしょ」と言っていた。


わたしもまさか自分がうつ病だと思わなかったから「そうか私は怠けているだけなんだ」と思ってそこからどんどんうつ病が悪化していった。


なんで学校に行けなくなったのか。

それはずっと自分の気持ちを押し殺しすぎたから。

押し殺しすぎて毎日強いストレスを感じていたことに気づかなかった。

だから体が動かなくなるまで自分がひどい状況だって気が付くことが出来なかった。

 


みんな我慢してる、辛い事があるのは当たり前。

それが当たり前の環境で過ごしてきたからバイト先で新人いびりのばばあに意味なく怒鳴られても、毎日睡眠3時間の状況でも自分は普通だと思っていた。


普通に過ごしているんだから、ある朝体が動かなくなって困惑するのは当然だし、何で学校に行かないのか答えられないのも当然である。


答えられるほど自分の状況を客観的に観れるのであればそもそもうつ病になんかなっていない。

 

「なんで学校に行かないの?」

聞いた本人は責めているつもりはなくても、聞かれた方は責めているようにしか聞こえない。

この言葉は「同年代の子はみんな学校に行っていて、学校に行くことは当たり前の事なのに何で行かないの?」という風に聞こえる。

聞いてくる人の気持ちも分かるけど、分からない。

普通、Tシャツデニムの服装をしている人にわざわざ「なんで量産型の服装しないの?」って聞かないでしょ?

それに自分の事をペラペラと親や担任に話す思春期なんてまずいないだろう。


だからまずカウンセリングとか気持ちの吐き出し口の機会を作ったり(自分とは関係ない第3者には意外と話しやすかったりする)

引きこもってゲームをしているのであればそれは気持ちのはけ口になっているのでそっとしてあげておいてほしい。


からしたら「自分がなんとかしなきゃ」と思うかもしれないが、本人からしたらそれが1番鬱陶しい。


不登校問題は意外と親子関係の問題も絡んでいるので親がカウンセリングを受けるのも手。


私の場合は、母との関係が絡んでいた。


母は自分の気持ちを表現することがドヘタ。

だから自分の子供にどう向き合っていいか分からない。

学校でいじめられているっていうのに「もう少し我慢したら」としか言えない。

私が学校に行けなくなったら世間体を気にしてイライラする事しかできない。


私が不登校になることによって母に私ときちんと向き合って欲しかった。

これに気が付けたのは私が大人になって生きる事がもう限界になったとき、カウンセラーが気が付かせてくれた。


うつ病不登校は表面的な問題で、原因は決して本人だけでの問題ではない。