見栄っ張り、気にしいな私の服を買わないための考え方

 

着倒すまで着るのがモットー



こんにちは、サオリです

もともと私は見栄っ張りで気にしいのせいか、毎月たくさんの服を買っては着ない服を量産してきました。

今は定番服をアップデートするくらいで済んでいますが、ここまでくるのに役立った考え方を書いてみたいと思います。

 

その服が新しい服かどうかなんて他人には分からない

 

自分では気分よく新しい服を着ていてもその服が新しいかどうかなんて人には分からないんですよね。

母が古い服はみっともない!という価値観の人で、わたしもそれに影響されていたので新しい服=良い!と思っていました。

でもそもそも古いかどうかなんて自分しか分からないことです。


街を歩いている人の着ている服がいつ買ったものかなんて分からないですよね。


昔、人目を気にしすぎていて「新しい服を着ていないとダサいと思われる」と思っていた時期があり、毎月のように服を買っていたのですが

私の着ていた服なんて毎月雑誌をチェックしているオシャレに敏感な人たちでない限り分からないものだったし


そもそも似合ってなかったのでそれこそダサい人と思われていたかもしれません。



それに服って何回着ても全然劣化しないんですよね。

部屋着で着ている綿のTシャツでさえガンガン乾燥機かけてるのに多少くたっとしたくらいで古くなった印象がありません。4枚着まわしていて2年目になるのに!

ポリエステルの服なんて尚更です。


トレンドど真ん中のアイテムでない限り古さなんて人には分からないと気が付くと、新しい服にこだわることはなくなります。

 

 

トレンド好きでもその感覚を共有できなかったら意味がない


トレンドの服が大好きでその服を着る事によって謎の優越感を感じているときがあったのですが、よくトレンドに興味のない妹から「何それダサい」と言われることがありました。

その時は「妹はトレンドが分かっていないから、目が肥えていないからダサく感じているんだ」と思っていたのですが

服に興味のない人の視点ってかなり重要です。


だって世の中には服やトレンドに興味のない人がたくさんいるから。



誰にでも「その服を着る目的」があります。


例えば私が「彼氏に可愛いと思ってもらいたい」と思っているとします。


でもいくらトレンドで自分がかわいいと思っている服を着たとしても彼氏に可愛いと思ってもらえなかったら意味がないんですよね。


むしろ彼氏が理解できないトレンドのせいで良くない印象になってしまう事だってあり得ます。

(赤ちゃんみたいなフリフリのビッグカラーブラウスやお腹が見えて目のやり場に困るクロップドトップスコーデとか)


大事なのは目的です。

その目的によっては服に興味のない人の視点も考慮するのが大切です。


昔の私は妹にとっていつも変な服を着ているダサい姉でしかありませんでした。


オシャレの概念を変えるとポンポン買わなくなる


昔はオシャレとは流行を取り入れたいろんなパターンのコーデが出来る人がオシャレと思っていましたが、

素敵な人はスタイルが固定化されていることに気が付いて、オシャレの概念が変わりました。

素敵な人を見ると「流行っているから」「なんとなく可愛かったから」で服を選んできたスタイルのない自分が恥ずかしくなってしまったんですよね。


昔テイラースウィフトが「未来の自分が今の自分のスタイルを見ても恥ずかしくないような服装をしたい」的なことを言っていてとても印象的だったのを覚えています。

その時の私は1年前の自分でさえ古臭く感じていたのでどんだけトレンド追いかけてたんだよって思います。


若いころはいろんな服を試してなんぼなところがあるのでしょうがなかったですが、私はもうアラサー。

トレンドはもう一通り経験したので毎年、毎日違うテイストの自分になるのはもうおしまい。


自分のスタイルを作ってとことんこだわるとそもそも自分に合った服を見つけるのが難しくなるので服もポンポン買えなくなります。

 

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着る服をころころ変えるデメリットというものがある


新しい服を着てオシャレするのがたのしかった頃、デメリットは感じていなかったのですが(お金がかかるくらい)25くらいでそういうオシャレのやり方のデメリットに気が付きました。

それはマネーリテラシーの低いヤツだって思われる可能性があること。


自分は着ている服がいつも違う、オシャレしている男性に対して「お金かかりそう」と思っていたのになぜか自分はそう思われている可能性があるって思わなかったんですよね…。


この年齢で高所得者なんて一握りなので相手は「あの人は高収入なんだろうな」という発想にはならないと思います。

結婚適齢期になったらむしろ同じ服を何回も着続けた方が印象の良い場合もあり、新しい服を買うのも抑えられるようになります。

 


ヘアメイクの専門学校に通っていた時、コスメが大好きで毎月山のようにコスメを買っていたのですが、買うたびに「また買ったの!?」と友達に言われていました。


きっと金遣いの荒いヤツと思われていたのかもしれません…。

 

ちょうどいいオシャレは人それぞれ違う


職場や街でオシャレな人を見ると途端に羨ましくなってしまう事ってありませんか。

わたしはしょっちゅうありました。

しかしそういった人たちみたいになろうとしても、買った服に満足することはないんです。


なぜなら自分軸で選んだ服ではないからです。


人はそれぞれ体質や住んでいる環境、生活スタイルが違うのでオシャレよりもまず快適性を優先しなければいけないことがあります。

誰もがファッショナブルな恰好で毎日快適に過ごすことはできないんですよね。


快適性とオシャレを両立することは出来ますが、難易度はかなり高いので私含めほとんどの人はどちらかに偏ってしまうと思います。

当たり前の事なのに私はこのことに長い間気が付くことが出来ませんでした。


例えば私の場合はトップスにポリエステルの服を着るのが苦手です。

足の幅が左右で違うのでハイヒールは履けません。

それなのにも関わらず無理してポリエステルのザラザラとした触り心地のレースブラウスを買ったり、

ハイヒールを痛い思いをしながら履いていました。


不快に感じるワードローブばかり持っていたのでいつまでたっても自分のクローゼットに満足することはありませんでした。


「ちょうどいいオシャレは人それぞれ違う」と意識するとオシャレな人を見ても自分を惨めに感じる事はなくなるし、

自分にとってちょうどいいオシャレを見つけられるようになります。


正直、着られる服の選択肢が広い人をみると羨ましく感じますが、ようやく「人は人」と考えられるようになったと思います。


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