こんにちは、サオリです
まったく練習できていない時もあるけど、やっぱり自分にとってピアノのレッスンって大事だなと思う
別にピアノのレッスンじゃなくて、英会話教室とか、パーソナルトレーニングとかでもいいんだけど
誰かにできていない所を指摘してもらったり、教えを乞うことがとても大事なんだと思う
中高生のときによく先生が、「叱られることはありがたい事」「大人になったら叱られなくなる」「そしたら人間関係で困ったり、能力の面でも伸び悩む」
の様な事を何回も聞かされたけど、よく分からなかった
でもそういうことじゃないんだな
大人になってある程度仕事のスキルが上がったり、ある程度の自信がつくと、それに伴ってプライドが付いてくる
このプライドが時に成長をとめる
本来どんな社会的な立場の人からも学ぶ事はあるのに、プライドのせいで無意識に「この人から学ぶことはない」と決めつけたり
仕事には支障がなくても、改善した方がいい自分の良くないクセのようなものは年齢を重ねるほど人から指摘されない
謙虚な気持ちがあって年下に教えを乞いたいと思っても、同じ職場なら相手も年上に対して躊躇してしまう
大人になっただけで成長するためのフィードバックももらえる機会が圧倒的に少なくなる
というか、ほぼ消滅する
でもピアノ教室だと自分は圧倒的にできない側で、面倒を見てもらう側で、
ピアノのレッスンを通して自分の人生の学びに変えることができる
習い事で疑似メンター
今のピアノ教室に通い始めてもう8,9年?くらいになるんだけど、先生からのフィードバックってパターン化されていて
私の場合は練習を頑張りすぎると力む…
あと「うまく弾きたい」と自我が強すぎると上手くいかない
曲全体の雰囲気を掴むのは得意だが、細かな丁寧さに欠ける…
ピアノのレッスンは自分が上手に力を発揮できるパターンを見つけられる場所というか
勝手にピアノの先生をメンターにしてるところもある
よく自己啓発本なんかで、メンターを探しましょう
なんて書かれてるけど、いやさ、そんな人どこで探すんだよってう
尊敬できて、
その人と継続的な関係を持つことが出来て、
率直に自分を指摘してくれる
そんな人どこにいんだよ!!!!!
でも習い事みたいに、自分が教えを乞う場場を意図的に作り出して、その分野の教えを一般化して意味付けできれば
それはメンターからの教えと同じくらい価値のあるものになるんじゃないか?
赤ちゃんPは早まるな
それにできない自分でいることが心地いい
大人になるとそれだけである程度の能力がある人として見られることもあるけど、あの空間だけは、できない自分が許される
できなくても当たり前
先生にもできない前提で見てもらえる
プライドもくそもないんよ
社会的地位が高い人は責任の大きさ等抱えるものも多いけど、でもレッスンの時だけは
分からなくていいし、出来なくていいし、責任も持たなくていい
昔、とあるホステスが、社会的地位の高い人には赤ちゃんプレイが多いと書かれてる記事を読んだことがありましてね…
本当かどうかはともあれ、社会的地位が高いと責任の大きさとそれを抱えている重圧もあるだろうし、
赤ちゃんPすることでそういった責任や重圧から一時的に逃れているのではないか…と思っている
でもピアノ教室とか、習い事は、健全に幼くなれる場所なんだと思う
赤ちゃんにはなれなくても心理的には6歳児くらいにはなれるだろw
先生ここわかりません(*´▽`)ノ
無条件に未熟者になれる場所
それが大人のピアノ教室だ!!!