通信制大学でジェンダーの勉強をして10代の頃の見た目のコンプレックスって女性性規範いにとらわれていたんだという事がわかった
女性性規範というのは、女らしさってこと
どれくらいとらわれるかは人に寄るけど、私の場合は酷かったと思う
10代の頃の私はぱっと見かわいい服が似合わない…ってわけでもなさそうな印象だったけど
スナイデルとかの万人が見て「かわいい服」を着てみるとなんか変で、それがとてもコンプレックスだった
この悩みは一見、好きな服と似合う服が違う、ファッションのコンプレックスだけど、でも根本はジェンダーに囚われていたからなんだと思う
悩んでいた時、なんでこんなにかわいい服が似合わないことがつらいのか、なんで自分を魅力的に見せてくれる服を着るのが辛いのか…
それは、自分が似合う服は自分の思う女性性規範と反していたから
そしてその女性性規範は一個人の好みというよりは社会的に作られた好みの可能性があるのである…
そもそもジェンダーとは社会的・文化的に作られた性差のことで、簡単に言えば「男らしさ」「女らしさ」のこと。
この、「男らしさ」「女らしさ」は、持ち前の生物学的な性差によって作られたものではなく、社会的・文化的に作られたという主張…
心当たりありまくんのよ
小さいころからディズニーとか、少女漫画とか読んできて、愛されるヒロイン象にすっごい影響受けてきたし、
とくに少女漫画に出てくる目が大きくて華奢でかわいい主人公にはかなり憧れた
そういうところから無意識に「こういう女の子がみんなに愛される」と学習してしまった
でも自分は少女漫画的な容姿はしていないし、性格も正直かわいらしい感じではない…
自分が思う「愛される女の子像」から離れているため、自分は愛されないって思ったんだよなあ
ファッション雑誌でも「愛され服」なんて言葉が昔あったけど、ああいう紹介されてる服、似合った試しねーもんな
ちなみにこれを私はヒロインコンプレックスと名付けております
童話やアニメ、少女漫画に出てきそうな、万人に愛されるヒロインに憧れるが、容姿やパーソナリティがそれとはかけ離れていてコンプレックスを抱くこと
現在このヒロインコンプレックスがなくなって思うのは、絵にかいたようなヒロインなんて学生時代、学年に1,2人いるかいないかで
ヒロインらしくない人の方が大半だってこと
当たり前と言えばあたりまえなんだけど
だがそこがおもしろいんだと思う
10代のころの自分はあまりにもメディアに影響を受けすぎていたなと思う
ガラスの靴を無理やり履こうとするのをやめて思うのは
スニーカーは最高である