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ファッションとメンタルと4毒抜き

【ファッション】抜け感を相手に意識させない。意図しない抜け感を、意図して作るには。

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こんにちは、サオリです

なんかふと思ったんだけど、私が思うオシャレな人の抜け感って、どこで“抜け”を作ってるのかぱっと見わかんないからオシャレなんだなって思った。

分からないから、それがとても自然に見えてオシャレ。

別にどこで抜けを作っているのか分析しやすいスタイリングがオシャレじゃないと言いたいわけではないけれど。


ただ単に、スタイリングを鑑賞するときに分かりやすいスタイリングは見ていて飽きてしまうというか。

分からない方がなんか見てて楽しいし、服よりも着ている人に目が行って、この人どんなライフスタイル送ってるんだろうか…なんて思ったり、なんかじわじわくる。

面白いのがこのタイプのオシャレな人って、中にはおしゃれに興味のない人もちらほらいる事なんだよなあ。

服に興味がない事が自然な“抜け”を作ってるんじゃないかと思ったり。

だとすると“抜け感”はファッションに対する精神的な余白な気もする。

自然に見えるのは「オシャレに見せよう」とするエゴが感じられないから。


おしゃれに見せたいと思うと、とたんにファッション分析が始まって、かわいいワンピースにスニーカーみたいな分かりやすい抜けになるんだと思う。

雰囲気もたぶん力む。

でもファッション雑誌みたいな最先端の洗練系ファッションはその力み(要は緊張感)はむしろポジティブに働くと思う。


おしゃれに興味ないけどやたらオシャレな感じの人ってそれはその人の持ち前の雰囲気と合わさった偶然の産物であって、大抵はファッションに興味がなかったら大抵ユニクロとかハニーズの広告塔みたいになる。


もし分かりやすい“抜け”から抜け出すために精神的な余白が必要なのだとしたら。

ファッションへの興味を減らし、おしゃれにみられたいというエゴを小さくし、そこに勇気をもって着心地の良さとか、生活のしやすさを取り入れてみる事だと思う。

そしてファッション以外の事に興味を持つこと。



とはいえ、このアクセス数の少ないこのブログのこの記事を読んでいるという事はよほどのファッション変態という事なので、

ファッションへの興味を減らす…というのはまあ多分無理な話で。


じゃあ意図しない抜け感を意図して作るには、服のエイジングとか、ヴィンテージとかやぱ便利だなとは思う。

頻繁に着ているものは、着慣れているから、人から見て力みを感じさせないし、ヴィンテージも生地のクタッとした感じとか、トレンドからずれてるところとか、その不均衡さが余白を感じさせるから。

これらがオシャレに見えやすいのはおしゃれになろうと、おしゃれに見せたいと思っている人たちの多くが今売ってる新品の服で、大多数の人からみて分かりやすいファッションをしようとしてるから。


でもかと言って古着も古着で一昔前に流行った量産型古着系なんかもわかりやすいオシャレの部類だとは思うので、こうすれば一概にすげーオシャレになれる!とは言えない。


究極にオシャレになりたければこのひとこそは究極にオシャレな人!と思う人とお友達になって、その人の空気感に触れて学ぶか、もうスタイリストのアシスタントになったら?とも思う。

悟りたければブッダの弟子になるしかないんだよな。


というか自分はもう昔ほどファッションに強い興味がないし、なんならなぜおしゃれになりたいの?なぜおしゃれに見られたいのか?を考える方が今は好きです。

世の中の流れ的にもアンチトレンド傾向ありますし、ファッションに熱心な人も少なくなった様に思う。

そんな中でなぜあなたはおしゃれになりたいんだい?


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