
こんにちは、サオリです
ここ数年の私の課題は「思考を手放す」なんですが
あともうちょっとで思考癖が手放せそうです。
日常でぼーっとできる時間も少しずつ増えてきていい感じ。
先に結論お伝えしますと、
思考してしまうのは思考するメリットを感じているからです。
一見自分にとってネガティブな事で、やめたい…と思っていても潜在意識ではメリットを感じているからやめられないんですよ…。
ちなみになんで思考を手放したいかというと、疲れやすさをなんとかしたいからです。
- PTSD治ったら疲れやすさも治ると思ったけどそうじゃなかった
- 疲れやすさの原因は感覚型なのに言語思考人間になろうとしてたからな気がする
- 思考グセの原因は知らないのがこわいからだった
- みんなの知ってる事をしらなくて疎外感感じてた&勉強できないコンプ
- 人はメリットのある事しかやらない
- 考えないメリットを上回らせるには…
- 疲れやすさが違う&無意識でできる事を意識してやってた
PTSD治ったら疲れやすさも治ると思ったけどそうじゃなかった
昔は疲れやすさを感じる事なんてありませんでしたが、
私中学3年生の時にいじめにあってかららへんから少しずつ体の調子がおかしくなり始めたというか…
高校1年の時は入学早々1学期で体育の単位落としかけるくらいだったんですよ。
週1で学校休んでた。
これって最初はただ単にメンタルが不安定になってしまったから体にも不調が起こってるだけだったと思ったんです。
PTSDになっていじめっ子と高校別になっても人間関係の構築難しくなってしまったし…。
それでPTSDに関しては25歳の時になってようやくカウンセリングに通うようになって治ったのが29歳とかたぶんそれくらい。
(そういえばあの子のこと気が付いたら思い出さなくなったな…って感じだからいつ治ったのかはっきりわからない)
PTSDさえ治れば異様な疲れやすさも治ると思っていたのですが、そうならなくてあれ?ってなったんですよ。
疲れやすさの原因は感覚型なのに言語思考人間になろうとしてたからな気がする
で、心当たりがあったのが思考グセ。
なにもしてなくても自分のエネルギーが漏電している感じがあって、これってあれこれ頭の中で考えてしまうからなんじゃないか…って思ったんですよ。
最初は単に体力の問題とか、自分の気質、HSS型HSPのせいかな…と思ったのですが
でも昔からそうだったのに、中学生の時部活が強豪校で、その練習を乗り切ったくらいだからあまりピンとこなかったんですよね。
それでいじめられる前とあと、何が違うんだろう…って考えてみたら思考。
いじめられる前はもっとぼーっとしてた。
こちらの記事でも書きましたが↓
もともと超感覚型な人間だったんですが、いじめがきっかけで頭であれこれ考えるようになってしまったんですよね。
で、たぶん去年はっきりこのことを認知して思考を手放そうとしてみたり、そのためになるべくスマホで余計な情報に触れないようにしようとしたのですが
これがなかなか難しいんですよねー。
単にスマホ依存…というのもあるのですが、私の場合は知らないことが怖いんですよ。
思考グセの原因は知らないのがこわいからだった
これに気が付いたのはアニメを見てるとき。
いつもの習慣で、何気なくアマプラでアニメを見ていた時。
何となく心でため息をつきながらなんとなーくイライラしながら見てる自分に気が付きまして。
イライラするくらいなら見なきゃいいのにって感じじゃないですか?
でも見てしまう。
何でだ?
あ、しらないの怖いからだ…
って気が付いた。
みんなの知ってる事をしらなくて疎外感感じてた&勉強できないコンプ
私思春期の頃趣味がレトロ音楽と吹奏楽団の演奏を聞くことが趣味でして
かなり変わってたんですよ。
12歳の時に父親にビートルズとクイーンのCDをもらって聞いてみたら超ハマってずっと聞いてて、(※平成生まれ)
吹奏楽についても、吹奏楽部なら気の合う人いそうって思うかもだけど、吹奏楽部だからってみんなそういうの好きなわけじゃないんですよ…。
そういうの熱心に聞いてるの自分だけ。
アイドルとか流行ってるドラマとか、もちろん流行りの曲もわからないし
漫画もアニメもゲームも興味ない。
ファッション雑誌と服が好きなところは同世代と同じ感じだったけど
かわいいよねーくらいで熱心な子はいなかったから温度感合わず…。
周りに合わせようともしたけどかなり苦痛で無理で、
自己肯定感も低かったし、知らない事がコンプレックスになってしまったんですよね…。
ほかにも私勉強できないのがとてもコンプレックスだったのと、まわりから結構ばかだって言われる事が多くて、
そのことも、私はバカなんだからちゃんといろんなこと知っておかないととか、
ちゃんと考えないと…って気持ちが潜在意識に刻まれてしまったんですよ…。
人はメリットのある事しかやらない
それで知らないのが怖いって気が付いた時に、
昔とあるカウンセラーがブログで「人はメリットのある事しかやらない」って書いてたのを思い出したんですよ。
私の場合は、情報に触れる事でコンプレックスが軽くなるような気がするから。
いろんな情報に触れる事で、何でも知っているような錯覚を起こしてたんですよ。
実際、見た内容を覚えてなくても、情報に触れているってだけでなんだかバカなりに努力してるみたいで良かったんですよ。
なんかこれ積読と同じ状態じゃねーかって思ったりしましたw
もし私と同じくついつい余計な情報に触れてしまったり思考を手放したい…と思ってたら、
そうすることで得られるメリットってなんだ?
って考えてみてください。
考えないメリットを上回らせるには…
思考するメリットに気が付いたら、今度はそのメリットより上回る「考えないメリット」を考えないといけないんですよね。
↑思考を手放すために考えるってなんかパラドックスだけどww
私の場合は実際のところ、いろんなことを知ろうとすることで疲れやすくなって
実生活に影響出てるわけで、なんもいい事ないわけですよ…。
疲れやすいから行きたいところあっても行けない事とかたくさんあるし。
だからとりあえずついつい情報に触れてしまいたくなる気持ちをぐっとこらえて
意識してぼーっとする時間を増やしてみたら
この感覚中学生の時のやつだ!って思い出すことが多くなってきたんですよ。
本来の人生の大きな流れに乗っている感覚というか、
よくスピリチュアルの世界なんかでは潜在意識に任せるとか、右脳で生きるとか、宇宙におまかせみたいに言われるやつ。
正直最初はやっぱり怖くてこのままスマホいじらなかったら浦島太郎みたいになって時代に取り残されるんじゃないか…って思うくらいだったんですけど
でも今コンテンツがたくさんありすぎるからみんな違うなんて当たり前のことだし、
もしそうなっても情報の洪水に飲まれてぐったりして生活の質下がるよりはるかにマシって思う事で
メリットを感じるようにしてます。
油断するとついついスマホに触れてしまいますが、でも前よりはるかに触れる時間は減ってあの感覚の状態でいる時間が増えつつあります。
疲れやすさが違う&無意識でできる事を意識してやってた
で、疲れやすさについてもやっぱり全然違くて、
ぼーっとできる時間が増えると、なにかしているときもぼーっとしながらできるから
いつの間にか時間が経過していたり、かなりラクに過ごせてるような気がします。
なんか今まで無意識でできる事も意識してやっていたから疲れやすかったんじゃないかと思います。
たぶんネットで「こういう人は迷惑」みたいな記事をたくさん見てきて「自分もそうならないように気を付けよう」っていちいち思ってたからかもしれないです。
でもそういうのって常識が身についてたらまず普通の人はやらない事ばかりだったのでべつにわざわざ意識しなくても良かったなって思います。
いまも周りと比べて疲れやすいには変わりないですが、もっとぼーっとできたらどうなるのか楽しみです。
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