
↑何もやらないことがあなたのやりたいこと
こんにちは、サオリです
今日はバシャールがよく言っているワクワクについて、私が勘違いしていた事や、「やりたいことがない!」「やりたいことを見つけて人生充実させたい」
という方に向けて書いていこうと思います。
昔バシャールとか自己啓発本でワクワクすれば人生上手くいく的な本を読んで、
当時うつ病で人生どん底だった私は「私もワクワクすることを見つけて人生よくするぞ!!!」と思ってました。
が、ワクワクがよく分からずワクワクすることがない自分に落ち込んだり
ワクワクしてるふりをしてみたり、
これが私のワクワクすることのはず!と本当はワクワクしてないのに無理やり目標立てて“エセワクワク”してました。
今思うのは“ワクワク”のこの言葉のイメージに引っ張られ過ぎていたってこと。
- 内向的なひとにとってのワクワク=ついついやってしまう事、考えてしまう事
- そのワクワクは誰の役にも立たなくてもいい
- ワクワクは社会的に成功するためのものではない
- ワクワクを見つけても人生が一瞬で、劇的に変わるわけではない
- 大きなエネルギーを動かすには小さなワクワクをやっていくしかない
内向的なひとにとってのワクワク=ついついやってしまう事、考えてしまう事
ワクワクってわたしのイメージでは
顔文字でいったら 手を振ってるような
(((o(*゚∀゚*)o)))
↑みたいなテンション高めのイメージだったから
テンション高くなるような事=ワクワクって思ってたんですよ…。
でも実際、私ローテンションだからテンション高くなる事なんてめったにない。
だからワクワクすることがない…となってました。
でもこれは勘違いで、いつ気が付いたかは分からないけど、ワクワクとは
「気が付いたらついついやってしまう事」「ついつい考えてしまう事」
がバシャールが言ってるワクワクなんだなって腑に落ちた時があったんですよね。
その時の私の場合だと雑誌のシュプールのビューティーページを見る事やヴォーチェや美的で新作のコスメをチェックしたり、雑誌で紹介されてるルックを眺める事。
気が付いたら雑誌を広げて、こんなふうになりたいなって思ってた。
「この新色どんな感じなんだろうなあ」「これと組み合わせたらどういう印象になるのかなあ」なんてずっと考えてました。
実家暮らしのフリーターで有り金全部コスメに突っ込んでたデパコスオタだったw
これが当時の私のワクワク。
そのワクワクは誰の役にも立たなくてもいい
ここで、勘違いしないで欲しいのがその「気が付いたらついついやってる事」が社会の何の役にも立たなくてもいいってこと。
なんか、ネットの情報みてると
「ワクワクを見つけて○○したら人生激変で会社作った!」
「ワクワクで年収1000万円」
「ワクワクでハイスぺパートナーに出会って結婚した」
みたいな社会的に分かりやすい成功とか幸せな結果が出た!みたいなのすごく目につくから
自分にとってのワクワクが社会的成功につながらなさそうなものだと、それはワクワクじゃないって思ってたんですよ私は。
なんか、社会のために崇高な使命感が芽生えないとおかしいって思ってました。
発展途上国の子供たちを救いたい的な。
自分のワクワクは、きっとそういうそういう、周りから見て「すごいね!」って思われそうなもんだとおもってたんっすよ…
いやさ、ふとした瞬間にそういう世界について思い悩んだり、ついついそういう記事を読んじゃったり
ボランティア募集のページ見てしまう…とかなら多分ワクワクで間違いないと思うんだけど。
ワクワクは社会的に成功するためのものではない
そして、ワクワクは社会的に成功するためのメソッドではないという事。
先ほども言った通り、そういう自己啓発とかネットに氾濫する情報に「年収1000万!」みたいな分かりやすい成功が載ってるから
ワクワク=社会的に成功する事、なんでも願いが叶う状態
と思ってしまう人もいると思うんですよ。
でもそうじゃなくて、このワクワクのメソッドは自分のエネルギーを最大限に発揮し、ただ単に充実した人生を送るためだけのものというか。
「宇宙の流れになること」「ワクワクによって全体と調和する事」だと思ってるんです。
宇宙の流れに乗り、調和している状態=自分が心地よくいれる状態
です。
自分が心地いい状態であると、たたそれだけで周りにもいい影響を与えます。
パズルのピースをイメージしてみて欲しいのですが、ワクワクすることをやるということは
本来のパズルのピースの形に戻るという事です。
承認欲求から社会的成功を望んでいる場合(本来のワクワクからずれている場合)
パズルのピースが歪んでおり、はまるところにはまらず隣のピースと衝突が起きてしまう。(=人生が上手くいかない)
よく、ワクワクすることをするだけで、自分の望みが叶う!的なことが言われていますが、
ワクワクすることをして本来のパズルのピースの形に戻り、周りと調和し、美しい絵が浮かび上がってくる状態
↑これが本当の望みが引き寄せられ、叶う状態です。
でも多くの人がこういうワクワクとか、引き寄せみたいなものを利用して私利私欲を満たそうとしているから
複雑で、難解で、意味が分からないものになっているというのが私の印象です。
社会的成功、分かりやすい成功を目指すのは否定しないし、悪くはないと思っていますが、でも根深い承認欲求とか、遠い昔の罪悪感とか絡んでるケースもあるので
それがクリアになると本当のワクワクを見つけるきっかけになるので
こういうスピっぽいことだけではなく、心理学の側面からアプローチしてみるのも面白いと思います。
ワクワクを見つけても人生が一瞬で、劇的に変わるわけではない
ワクワクを見つけたい人、やりたいことを見つけたいと思ってる人がそう思うのって、人生を劇的に変化させたいって思ってると思うんだけど
そういう劇的な変化って、あからさまにガラッと変わるわけじゃない。残念ながら。
自己啓発とかスピ界隈では「一瞬で人生が変わる!」みたいなの氾濫してるけど
シンデレラみたいに、魔法使いのおばあさんと出会って、舞踏会に行くことになってなんかしらんけど王子に見初められて…みたいなのは滅多に起きんわな。
「会社を作って人生激変」「カフェ開業で毎日充実してる」みたいな、こういう人はそもそもそういうメソッドに出会う前からそういう土壌があった人。
ワクワクメソッドに最後の一歩を後押ししてもらったって感じ、最後のピースがカチッとハマった感じですかね。
いや、何もないゼロなところから人生良くなりました!って人は、その途中にあった大変な事や努力、年月がだいぶ端折られてます。
長年培っていた思考の癖、心の癖を治すのは時間がかかります。
なのですっごいメソッドに出会ったとしてもまるで別人級に変わるのにはそれ相応の時間がかかります。
大きなエネルギーを動かすには小さなワクワクをやっていくしかない
最終的に大きな場所で活躍したいとか、大きなエネルギーでたくさんの人の役に立ちたい
みたいな目標を持っている人で、
でも分かりやすいやりたいことがない…みたいな人。
というかむしろ何もやりたくない…と思ってる人もいるかもしれないです。
私はそうでした。
これといった、わかりやすい「やりたいこと」がなくて、むしろなにもやりたくない、ダラダラしてたい。
でもこれこそがやりたいことなんですよ。
「なにもしない」「ダラダラする」
これがワクワク。
昔とある発信者がやりたいことがない人は日常のささやかなところからやりたいことを見つけていくといいって言ってたんですよ。
例えば「コンビニ行きたい」「夕飯にカレー食べたい」みたいな、そういうレベル。
そもそもやりたいことが見つからない時って、やりたくないことだらけをやって疲れていてエネルギーがなくなってたり
やりたいことをやることに罪悪感を感じて自分の気持ちを押し殺してきたケース、結構ある。
だから大きなワクワクを見つけて宇宙の流れに乗るには目の前のちっちゃなやりたいことを叶えていくしかないというか。
そこから雪だるま式にどんどん大きくなっていくはず。
わたしの場合は、雑誌のビューティーページから始まり今は趣味で情報発信やピアノを習っていて、それがわりと楽しいんだけど
ここまでの時間の流れは12年とか。
まあこの12年何があったかは長くなるので端折りますが
最初は「今日ご飯何食べたいかな?」から始まりました。
自分に楽しい事を潜在的に禁止していたのでライフワークに出会えるのは時間がかなりかかったし、
こんなことで本当に自分のやりたいことなんて見つけられるのかなって、本当にこれで合ってるのかなってものすごく不安になったのですが
「今日ご飯何食べたいかな?」から情報発信やピアノみたいなライフワークに出会えたので間違いなかったです。
☆関連記事☆
自己啓発本で変わらないならいっそのこと手放す。手放すことで進展する事がある
自己肯定感を上げるには、訓練。ずっとしていた自己肯定感の勘違い
