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ファッションとメンタルと4毒抜き。映えない私を愛してる。

イケてない自分を好きになる。魅力的なのは現実を生きるリカちゃん

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しょうがないは一種の自己受容

こんにちは、サオリです

昔、とあるファッションブロガーの方が紹介していた記事の中で

「お金がないから、しょうがなくこの服を着ている」

という一文があったのですが

それがとても強く残っています。

なんか、

「それでいいんだ!」っていう、目からうろこが落ちるような感覚。

自分を大切にするってなんだ?

こう思ったのは

「いつもお気に入りの服を着ないといけない」

「好きじゃない服を着る事は自分を粗末に扱っているからよくない事」


という思い込みを持っていたから。

だから少しでも気に入らなかったり、飽きてしまったら服を買いたくなっていました。

私はそうやって自分を大切にしているつもりだった…。


でも、それを繰り返しているとお金が無くなっていく…。

そうすると今度は「お金がないこと」に対して焦りや不安を感じるようになって、

クレジットカードの引き落としにドキドキしたりと心が疲れてしまったり…。


ファッションの面では自分を大切にしているつもりだったけど、

人生という大きな視点で見た時に

「それって本当に自分を大切にしているのか…?」と思ったりもする。


それに自分を大切にすることと、

いつも完璧でいようとすることは違うもかもしれないです。

本当に魅力的なのは現実を生きるリカちゃん

「お金がないから、しょうがなくこの服を着る」って、一見ネガティブで、誰だってそんな風になりたくないって思うかもしれなけど、

私は「現実をちゃんと生きようとしている」って感じるんです。


多くの人は日常生活に疲れ切っててもそれを見せず「きれいに」「クリーンに」装う事が美徳とされていて

あたかも「私の人生今順調で、毎日が充実していて幸せです」って風に装うけど

(まあ昔「ユニバレ」って言葉があった時代よりはよりだいぶマシになったけど。)

心が追い詰められていたら意味がないというか。



「本当はこういうアイテムを買った方が素敵なんだろうな…」と思いつつ、現実的な事情を優先して選んだ服…

結果、それがファッション的にイマイチだったとしても、

その今を生きるという潔さと、正直さを感じられて、いい。


なんか、現実を生きるリカちゃんと同じくらい惹きこまれる↓

あれに惹きこまれるのって、リカちゃんの完璧じゃない姿に勝手に共感して安心するからなのかも。

さいころ、リカちゃんは完璧な生活をしてるって思ってたから。

 


まあ、こういう考え方って悪く言えば「生活臭を感じるファッション」なわけで

「こやつ何をいってるのかさっぱりわからん」って思う人もいるかもだけど

私が魅力を感じるのは

「その中で自分をどうにか喜ばせようとする精神」

が感じられたとき。

穴の開いてるTシャツ着てる子にグッときた

昔、ニューヨークに留学していたときのこと。

そこで出会った大学生の子が、ある日肩に虫食いのような穴が開いた、ピンクのキャラクターのTシャツを着ていたんです。

それを見かけて思わずその穴に人差し指をズボッと入れたんですけどw

そしたらその大学生ニコニコしながら「これ古着で5ドルくらいだったんですよ~!」と言ってくれて。

なんかそれがとても魅力的だったのを覚えてます。


ニューヨークはとても物価が高くて当時は普通に外食をすると2~ 3千円は当たり前。

気軽にごはんにも行けずファッションも限られた中でやりくりしていました。

というか私の場合はそもそもNYってほとんどの人がTシャツGパンだから浮きたくないってのもありファッションを諦めてました。

だからこそ、その子の「制限がある中で自分を喜ばせようとする精神」にグッときたのかも。

飽きてもしょうがなく着続けていると愛着が湧いてくる

服あるあるなのが、最初は気に入っていたのに次第に飽きてくる問題。

 

これ、不思議なもので着続けているうちにだんだん愛着がわいてくるんですよね。

昔、成人のお祝いでばーちゃんと叔母さんにバーバリーのトレンチコートを買ってもらったとき、

最初は死ぬほど嬉しくて、そのコートを見るたびに快楽物質出まくってたんですけど、

バーバリーでもずっと着ていると次第に飽きてしまいました。

それに買って数年後、ロング丈のトレンチコートがトレンドになって、ミドル丈のトレンチコートが嫌になってしまったんです。


でもプレゼントしてもらったもので思い入れがあるし、別の流行りのトレンチコートを買うのも罪悪感を感じるからそれもできず。

からしょうがなく着ていた時期があったんですけど(バーバリーをイヤイヤ着るって贅沢w)

だんだん愛着が湧いてきて今は本当にお気に入りのコート。

そのトレンチコートは13年目で、今年の春もたくさん着ました。

だから時に愛着が出るまで着るのも大事だなって思います。

「そういや、大人になってから愛着が出るまで服を着続けたことなんてなかったな」ってその時思った。


ちなみに「特別な日にプレゼントしてもらったから」「バーバリーだから」と思うかもしれませんが、

ユニクロの服でも、ZARAの服でも5年選手の愛着のあるものは結構あります。


服との関係って、必ずしもずっと好きが続くわけじゃなくて、

「好き→飽きる→しょうがなく着る→愛着」みたいなプロセスもあるんだと思います。

人間関係とちょっと似てるかも。

イケてない自分がなんか好き

わたし結構神経質なので細かいところまで気になって、

コーデを完璧にしようと服をいろいろ買っていた時もあったのですが

「しょうがなく着る」に美意識を感じてからはなんかイケてない自分もなんか好きです。

自分の思うようなコーデが出来ないと「自分じゃない」感覚があって、

コーデの完成度と自分の価値を同一化してしまう傾向があったんだけど

きまっててもダサくても自分は自分だし、

どんな服を着ようが自分の価値って本来は変わらんのよね。

 


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