happyメンタルログ

これから幸せに生きていくための記録。

過去のいじめに苦しむ人へ。いじめへの向き合い方

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私は中学3年生の時に1年間いじめられていました。

理由は嫉妬からのいじめです。

私が所属していた吹奏楽部で活躍したとたん、同じ部活の子(以下A子)からカバンを勝手に漁られ物を盗まれたり、威圧的な態度を取られ続けました。

卒業間近になってA子は自分はひどい事をしたと反省して、私に謝罪の手紙を何通か送ってきたのですが、今さら謝られてもいじめられてた1年間は戻ってこないし、謝られても心の傷は癒える訳でもない。

謝ったら清算されるという自己中心的な態度に腹が立ち、結局A子の謝罪は受け入れませんでした。

その後私はうつ病になって、フラッシュバックに悩まされ続けました。


カウンセリング等でいじめられた事について向き合ってきましたが、正直まだモヤモヤしている部分はあります。

でも整理できた部分もあるので、今日は過去にいじめられていて、現在もその出来事によって辛い思いをしている人に向けて、心が楽になる考え方や方法を書いていこうと思います。

いじめられることは恥ずかしいことではない。いじめられるのはあなたがうらやましいから


私はいじめられていることを恥ずかしい事だと思って、周りの人に訴える事が出来ず長い間一人でずっと我慢していました。

もし周りに訴えたら、周りからいじめられてる子と見られ、噂の対象にされるのが嫌だったし、いじめられている=弱い人間と思っていたからです

そしてたった一人にいじめられるだけでどんどん自己イメージが下がっていきました。


でもカウンセリングに通ったり、ノートに自分の気持ちを書いて当時の事に向き合って、考え方を変える事によって下がっていた自己イメージを変える事ができました。


私は自分の事をいじめられた、かわいそうな、弱い被害者なんだと長い間思っていたのですが、私がいじめられたのは相手の嫉妬が原因です。

なので私はいじめっ子にとって、心の底からうらやましい存在だったんです。

A子にとって、活躍した私がうらやましくてしょうがない。


「自分はうらやましい存在だったんだ」と思う事で、自己イメージががらりと変わりました。


「うらやましい」からいじめたくなる

 

いじめについて考えてきて思ったのは、すべてのいじめは「うらやましさ」から来るんじゃないかということ。


私は同じく中学生のときに、友達(A子ではない)の好きなものについて「ダサい」と言ってしまったことがあるんです。

その友達は好きなキャラクターのグッズを集めていて、文房具はすべてそのキャラクターのものでそろえていました。

でも私は中学生にもなってキャラクターものを集めるなんてダサい、小学生みたい、と言ってしまったことがありました。


その後その友達はなんの問題もなく私と仲良くしてくれましたが、友達はすごく傷ついたと思います。自分の好きなものを否定されて傷つかない人なんていません。


何が好きかなんてその人の勝手なのに、なんでそんなことを言ってしまったんだろうと思うと、その子が「うらやましかった」んだと思います。


私は人からどう思われるか、昔からすごく気にしてました。

なので中学生になったとき、子供っぽいと思われるのが嫌で、それまですごく好きだった少女漫画雑誌を買うのをやめたり、好きなキャラクターの服を買うのをやめて、自分の好きなことを禁止しました。

でも友達は自分の好きなものを大切にしながら、楽しそうに過ごしているので、

「私は人からバカにされないように好きなものを禁止してきたのに、なんでそうしないあなたの方が幸せそうなの?」と心の深ーいところで思って「ダサい」と言ってしまったんだと思います。

「ダサい」と言う事によって相手の心を傷つけて相手を不幸にし、相対的に自分のほうが幸せだと感じたかったんです。


好きなものを我慢してきた選択は間違ってなかったんだ!たくさん我慢している自分の方が報われて幸せになるに違いない、と思いたかったために。

 なのでいじめられるのは全く恥ずかしい事ではないんです。

恥ずべきは人を傷つける方です。

 

いじめられても自分の価値は変わらない


私はいじめられると、相手に非があると分かっていても「自分は人からいじめられる、価値のない人間だ」と無意識に思ってしまっていました。

でもいじめられても自分の価値は変わらないんです。

ではどうしたら自分は価値のある人間だと思えるようになるのかというと、自分の事を大切にしてくれる存在にフォーカスすることです。

友達の〇〇さんが食事に誘ってくれた、店員さんの笑顔が素敵だったなど。

毎日ノートに「自分は人から大切にされる、価値ある人間である」という証拠を書いていきます。

ここで勘違いしてほしくないのは、社会的な地位や立場で自分の価値を決めないことです。

社会的地位や立場で自分の価値を図ろうとした瞬間、生きづらくなってしまいます。

ノートには人がしてくれた事のほかに、自分が相手にした親切も書くと、時間はかかりますが少しずつ自己肯定感が上がっていきますよ。

例えば、コンビニで買い物したときに「ありがとう」と言うとか、洗面所で飛び散った水を拭いたとか。


思考は習慣です。ネガティブなことを考えれば考えるほど、物事をネガティブに考えるのが得意になってしまいます。


ポジティブな事に目を向ける訓練が大切です。

いじめっ子の背景を想像してみる


いじめられた事について悩んでいた時に、私をいじめたA子の立場を想像してみる、という事をしたことがあります。


わたしはA子と同じサックスという楽器を演奏していました。

その楽器にはリードという、きれいな音色を出すには必ず必要な葦(あし)でできた部品があります。

リードは消耗品なので定期的に購入しなければならないのですが、ひと箱3000円と決して安くありません。

私の母は、部活で使うものならと必要な時に必要な分だけ買ってくれました。

しかしA子の家庭は、定期的に買ってもらう事が難しいようでした。

それに私は部活で成績を残して、さらに母に楽器を買ってもらったのでA子にとっては死ぬほど羨ましかったと思います。

金銭面以外には、A子は1年の時から先生に褒められていて、おそらく自分が一番うまいと思っていたので、下剋上が起こり精神不安定になるのも無理ないと思います。


もし私がA子の立場だったら…と思うと、私の存在はとても不快でしたでしょう。

A子は当時中学生で、激しい嫉妬にどうしていいか分からなかったんだと思います。


いじめを肯定する気はないですが、人は完璧ではありません。

私はずっと被害者ヅラしてきましたが、わたしだって人を傷つけてきました。

人は完璧ではない、と思う事で多少は楽になります。

 

「課題の分離」という考え方は、いじめ後遺症にも効く


私はいじめられたことに対してとにかく気にしていました。いじめられたことがあるのが恥ずかしかったし、自分が情けないと思ったからです。

でもそんなときにカウンセラーが繰り返し私に言ってくれた言葉があります。

それは「それって、あなたの問題じゃなくて相手の問題じゃない!」という言葉。

どういうことかというと、私に対する嫉妬心を抑えられず、いじめてしまったのはA子の心の問題であって、わたしに非は一切ないという事。

なので気に病む必要はないという事です。

「いじめられた自分」が問題なのではなく、この問題はA子の心の問題なのです。

このA子の心の問題は、A子自身が自分と向き合うことでしか解決することが出来ません。

なのでわたしはどうしたっていじめを避ける事はできなかったのです。
他人を変える事は出来ませんから。

いじめられたことについては、「ついてなかった」としか言えないのですが、いじめられたとき、「いじめられたこと」について考えるのではなく「それに対して自分が出来る事」に集中してそれをただ実行するのが大切なんです。

たとえば直ぐに親や先生に報告する、A子の様子に変化がないのであれば学校を休むなど。

当時は「我慢する」という事しかできなかったのですが、その理由の一つには「自分がいじめられている事」にフォーカスして動けなかったからです。

のちにこのカウンセラーの「相手の課題」と「自分の課題(できること)」をはっきり区別する事をアドラー心理学の課題の分離という事を知りました。

この考え方はいじめの後遺症にも役に立つ考え方です。


例えば、私はいじめられたその後、また仲の良い友達にいじめられるような事があっても傷つかないように人に心を開けなくなっていました。

表面上は仲良く出来るけど、どんどん仲良くなってくると怖くなって関係を切っていました。

でも課題の分離という考え方をすれば、またいじめられるようなことがあってもいじめたのは「相手の心の問題」と考える事ができるので、「いじめられた事」に対して悩む事がなくなります。

そして「自分のできる事」を考えて、実行するのみです。

相手と距離を置く、誰かに相談する、反撃するetc…

 

課題に気が付かないと似たような事が起こる


実は専門学校の時に中学生の事に経験したいじめと似たような出来事が起こりました。

担任の先生からパワハラを受けて、私は逆流性食道炎になり数か月寝たきりになったんです。その後も1年間、再発を繰り返しました。

その時は今まで頑張ってきたのに、なんでこんなことが起きるんだろうと思ったのですが、それは中学生の頃のいじめで学ぶべき課題を学んでいなかったからです。

不思議なことに、学ぶべき課題を学ばないと似たようなことが起きます。


この中学生の頃のいじめと専門学生の頃のパワハラの共通点は、被害を受けた時に「我慢した」ということ。

私はトラブルが起きると、自分は損してしまったけど余計な波風を立てたくない、人と対立したくない、我慢してそれで終わるなら我慢しようと考えていました。

でも自分が傷ついているのにも関わらず、我慢したことによって心がモヤモヤして、そのモヤモヤが日々のストレスと一緒に積み重なってうつ病パニック障害という形で表面化しました。


我慢するという行為は、自分をいじめているのと同じです。

私はこれに気が付いたときに、もう自分の気持ちを我慢しない、嫌だったらきちんと対処をする、自分をないがしろにしない、と心に決めました。

大人になると、理不尽な目にあったときに立場上どうしても我慢しなければいけない時があると思います。

でもこの「我慢する」という考え方がそもそも間違っていて、例えば先ほど紹介した「課題の分離」という考え方で受け流す、という事ができます。


我慢してきた人は気持ちを吐き出して本当の気持ちを知る。フラッシュバック対処法


パワハラやいじめのフラシュバックで悩んでいた時、カウンセリングやノートで当時の状況や気持ちを吐き出すという事をしていたのですが、

吐き出し続けて自分の気持ちを客観的に見ると、自分の本当の気持ちに気が付くことが出来ます。

この本当の自分の気持ちを知ると、過去のネガティブな出来事を受け入れやすくなります。

たとえば「A子〇ね」と思っていたのですが、もっと自分の感じた感情を書き出すと、悲しかった、許せなかった、悔しかった等の気持ちが出てきて、さらになんでそれらの感情を感じたのか?を書くと、

私とA子は小学1年生の頃から同じグループで遊んでいた仲のいい子だったので、私が成績を残したときは一緒に喜んでくれると思ったのに、私をいじめるなんで信じられなかったし、悲しかった


という感情が出てきました。

そのあとは中学生の頃の悲しかった自分を想像しながら、「あのとき辛かったよね、悲しかったよね、よくがんばったね、でももう大丈夫だからね」と今の自分がなぐさめる、という事をしていました。

フラッシュバックが起こるたびに「あー、昔の自分が悲しんでるな」と思ってそのたびに同じことを繰り返していきました。

これは実際にカウンセリングで先生と一緒にやった過去の自分を癒すセラピーです。

心の傷が大きいほどつらい作業ですが、繰り返していると「昔の傷ついている自分」が少しずつ元気になっていきます。

いじめで学んだこと、得たことは何?


私はいじめられたことをずるずると引きずっていたとき、いじめられたことによって傷ついたこと、失ったものばかり考えていました。

例えばいじめられなければ自尊心が高いままだったとか、人間不信にならなくて済んだかもしれない、そしたら高校中退しなくて済んだかもしれない、いじめられてうつ病になった私は高校中退で、いじめたA子は大学に進学できるのはおかしいとか。

いじめられた=失った、損した

と考えていました。

でも違います。そこから学び、得たことが必ずあります。


私の場合は、いじめられて傷ついたことによって自分の心について向き合うきっかけができました。

私はいじめのあとどんどんメンタルが不調になっていき、高校中退しているんですけど、高校中退をきっかけに、自分のメンタルをどうにかしたくて本を読むようになりました。

学生の頃は本なんて全く読まなかったし、本を読むのが苦手だと思っていたのですが、本を読むのは面白く考え方の幅も増えたし、人生観も変わっていきました。

本を読むことによって自己イメージも変わっていきました。

私は学校の勉強が苦手で自分はバカだと思っていたのですが、本を読み始めて学ぶ事は楽しい事だと思ったし、自分の事をバカだと思わなくなりました。

この出来事がなければ本なんて一生読んでなかったと思います。


また、中退後フリーターになったときに、稼いだお金は自由に使う事ができたため、当時大好きだった化粧品にたくさんお金を使ったり、時間もあったため好きなファッション雑誌を読み込んでいました。

このときの経験が数年後にヘアメイクの専門学校に行ったときにすごく役に立って、予選のあるコンペには一度も落ちたことはないし、入賞したこともあります。


いじめられたことやA子の事がフラッシュバックして辛かった時は、学んだこと、得た事なんて全く忘れてました。

いじめられて辛かった事にフォーカスすれば誰でも辛くなります。

それよりも学んだこと、得たことを考えましょう。


それでも辛いときは、世の中には過去にいじめられて苦しんだけど、克服して幸せに生きている人がたくさんいるという事を忘れないでください。

たくさんの人が克服してるのに、自分だけできない、なんてことはありません。

必ず克服することが出来ます。